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「江神二郎の洞察」 有栖川有栖 インタビュー

2012年11月15日 18:09配信

ニュータイプ11月号BOOKページで行なった有栖川有栖「江神二郎の洞察」インタビューの未掲載部分をここで一挙公開。
短編デビュー作「やけた線路の上の死体」から27年、初の江神二郎シリーズ短篇集を上梓。書きおろした物語に込められたのは著者の、推理小説へのあたたかい眼差しだった――時代を経て変わらぬ、青春ミステリ譚がここに、ある。



「短篇集を編むなら過去の作品を並べました、ではなく彼らの成長とともに一本の流れをつくりたかったんです。ただ、連作短編を意識して書いてきたわけではないので、どう世界をつなぐかは考えました」
 秘めた思いを語るのは、このほど『江神二郎の洞察』を上梓した有栖川有栖。前作の長編『女王国の城』から5年ぶり、デビューを飾った短編から実に27年をかけまとめられた、ファン待望の一冊だ。
 果たして、江神二郎とは著者の長編デビュー作『月光ゲーム Yの悲劇’88』で謎を解いた、EMCこと英都大学推理小説研究会部長。文学部で哲学を専攻し、とある理由から留年を続けている4回生。その事件の語り部にしてワトソン役を務めるのは新入生のアリスこと、著者と同じ名の有栖川有栖。
「もともとこのシリーズは彼らが在学中に終えるつもりで、長編五作と卒業アルバム的に短篇集を一冊と考えていたんです。ですが短編を時系列で並べてみたら、アリスが一年生の秋の話が多すぎて(笑)。
 ならば次の長編を出す前に一度短篇集をまとめて、最終的に短篇集を2冊くらい出したいなと考えました」
 そこにあるのは謎解きだけでなく、彼らの成長をも綴りたいという願い。だからこそアリスは己が遭遇した事件に思いを巡らせ、ふさぎ込んだり、あえてはしゃいだりもする。
 それは、対を成すシリーズで犯罪社会学の准教授としてみずから事件現場へと足を運ぶもうひとりの名探偵、火村英生の探偵譚とはまたちがった魅力のひとつ。
「昭和の終わりの学生たちを書いてはいますが、別にこの時代にこだわりがあるわけではなく、単にデビュー作がこの時代だったから。
 でも、だからといって古くさいことを書いているつもりもないんです。むしろ私が19歳当時に書き上げた『Yの悲劇’78』がベースなので今でも一瞬で飛べる、実はいちばんつづりやすい時間でもあるんです」
 そして時代は移ろうとも世相に翻弄される若者の姿は同じだとも。
「ことさらに学生は選択の余地がないままに社会にさらされてしまう。当時、昭和が平成になったように、今だってリーマンショックといったあらがえない変化に翻弄される若者はいるわけで、だから謎解きだけでなく、心揺れる彼らに共感を持ってもらえたらいいな、とは思っています」
 ゆえに書き下ろされた『除夜を歩く』は、昭和最後の大晦日の夜の物語。帰省せず下宿に残った江神をたずねたアリスが過ごした、穏やかな時間が描かれる。
「ひとつ、区切りとなる物語が書きたかったし、もっと舞台である京都らしさがほしいな、と思ったので八坂神社の『おけら参り』を入れました。昔はいただいた、おけら火のついた火縄を持って電車に乗れたんですよ」
 ふたりは思うがままにミステリ談義を繰り広げるが、それがまた興味深くてたまらない。同時に初めて推理小説の扉を開く読者を優しく迎える著者の思いのようでもある。
「推理小説研究会ですから、たまにはそんな話をしてもいいんじゃないかな、と。なにより、2人のことばが収められた短編をひとつに紡ぐ役目を果たしたらいいなとも思いました」
 かくして、江神はミステリの意義についてアリスに語る。
「それはな、人間の最もせつない想いを推理が慰めるからや」(P.324)と。
「ただ犯人を告発するだけではなく、もはや語ることができない死者に代わり、生者へと真実を伝える役を担うのが探偵という存在です。彼らは決して殺人事件をゲームのように弄ぶのではなく、死者の声を聞く者なんです」
 きっかけは3.11の大震災だった。
「こんなときに殺人事件の小説を書いていてもいいのだろうか、と考えた瞬間があって。その戸惑いが綾辻行人さんとの講談社『ミステリ・ジョッキー』という連載の対談で、思わずこぼれてしまった。
 そのときに死んだ人は還らないけれど物に思いが残り語られることが怪談ならば、推理小説も科学や分析をテコにして、怪談とは異なる方法で探偵が代弁する……それは等しく鎮魂ではないか、という話になって自分の中にすとん、と落ちたんです」
 自身にとって、気づきでもあった。
「改めて、なぜ自分が推理小説に心惹かれてやまないのかわかった気がしました。そのことは『ミステリ・ジョッキー』第三巻での後書きにも記しましたし、人前で話すこともありました。けれど私は小説家なのでやはり小説の中で伝えたかったし、事件解決を日常とする火村ではなく、江神にこそ言ってほしかった」
 かくして彼らはともに新たな年を迎える――平成、という名の。
 やがて春がおとずれ、巻末を飾る最後の探偵譚は推理が罪をあばくのではなく、人の心を救う物語。
「図らずもアリバイ崩しや密室もの、時刻表トリックといったいろいろな種類の謎解きがそろった一冊になりました。最初の物語から順に愉しんでいただけたら、うれしい。
 同時に普遍的な青春小説でもあります。どう読んでいただいても自由ですが、どこかの部分に少しでも心を寄せてもらえたらと願います」

(書籍データ)
江神二郎シリーズ
「江神二郎の洞察
著:有栖川有栖
定価:税込1890円
ISBN:978-4-488-02540-3
発売中


インタビュー・テキスト/おーちようこ