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ベテラン森田成一が無心で挑んだ落語「子ほめ」、その仕上がりは!?――声優落語天狗連第十七回レポート

2018年7月1日(日)、東京・浅草の東洋館で声優と落語がコラボする人気イベント「声優落語天狗連 第十七回」が開催されました。

イベントは、若手声優が落語に挑戦する「声優落語チャレンジ」と、プロの落語家による口演の二部構成。しかしながら、今回の「声優落語チャレンジ」に挑むのは、若手ではなく大ベテラン。「BLEACH」(黒崎一護 役)、「TIGER & BUNNY」(バーナビー・ブルックスJr 役)、「キングダム」(信 役)をはじめ、数々のアニメーション、ゲーム、そして舞台で活躍している森田成一さんが古典落語「子ほめ」に挑みました。そんな森田さんの挑戦に立ち会おうと客席は、満員御礼。幕が開ける前から会場はファンの熱気で包まれていました。

幕が上がり、大きな拍手で迎え入れられた発起人の吉田尚記さん(ニッポン放送アナウンサー)とサンキュータツオさんも、普段とは少し違った雰囲気に少し驚いた様子。なんと7割程の人が初めてのお客さんということで、イベントの生い立ちと自己紹介から恒例のオープニングトークがはじまります。

「落語が好き」「アニメが好き」と周囲にカミングアウトなんて、とてもできなかった学生時代を過ごしてきたという2人は、当時を「絶望的なまで若者が落語を見ていると信用してもらえない時代」「落語、冬の時代」と振り返ります。そんな2人は、「昭和元禄落語心中」をきっかけに出会い、イベントを企画。「今ではこんなにもたくさんの若い人たちが落語を観に来てくれるなんてとてもありがたい」と、感謝の気持ちを語っていました。そして声優落語チャレンジについては、「落語という“初めて”に挑戦するので、ものすごい技術を持っている人でも緊張してしまう」(吉田さん)、「そもそも人が初めて人前で落語をするのを目の当たりにする機会なんてほとんどない」(タツオさん)と紹介。声優として若手もベテランも等しく初挑戦という、演者にとっては厳しく、観る人にとってはまたとない機会に、会場の期待は高まっていきます。

そしてトークの話題は、自然と落語に挑戦する森田さんの話題に。実は森田さん、生まれも育ちも東京・下町という生粋の江戸っ子。生粋の江戸っ子が浅草で初舞台とはなんとも粋な話ですが、そもそも森田さんへオファーしたのも、吉田さんが「生粋の江戸っ子がやる落語を聞いてみたかったから」とのこと。そしてイベントのテーマも“江戸っ子”とし、それに沿う形で落語家による口演の演目も決めたそうです。

「“江戸っ子”は落語には欠かせないキーワードですが、実際にいたのでしょうか? それともフィクションだったのでしょうか?」という吉田さんからの質問に対し、タツオさんは「生き方の美学だったのでは」と、持論を披露。短気で粋で洒落が好き、そして本音を言わずにやせ我慢をする江戸っ子は、本当はこういう風に生きたいという当時の人たちの憧れだったのではないか。でも、直接言うのは恥ずかしいから、落語という再現ドラマとして形になり、それがお客さんに支持をされたのではないかというのが、タツオさんの推論でした。

そんなタツオさんの言葉を受けて吉田さんは、江戸っ子が素敵なのは決して深刻にならないところ。「深刻になっているとダサいとバカにされる」と自身の経験を披露(実は吉田さんも9代続く江戸っ子の家系だそうです)する一幕も。「まあ、照れ屋なんですよ。基本的に思っていることをそのまま言うのは恥ずかしい、ツンデレなんです。江戸っ子はツンデレ」という、タツオさんならではの解説に、吉田さんも客席も笑いつつも大いに納得していました。2人のトークはその後も大いに盛り上がり、最新アニメや吉田さんが影響を受けた社会学の本の話題と幅広く展開し、大いに客席を沸かせました。

さらに舞台では、毎回恒例の稽古の模様も上映されましたが、そこには最初の出だしで言葉が詰まり頭を抱える森田さんの姿が……。思わずつぶやいてしまった「怖い」というベテランらしからぬ一言に、客席は息を飲みます。「声を出すことに夢中になって感情を入れる隙がないんです」と稽古番の立川志ら乃師匠に相談する森田さんの言葉は、正に役者そのもの。そんな姿に「感情移入する隙間がないなんていう人、見たことがない」(タツオさん)、「初めて落語に挑む人が話すレベルではない」(吉田さん)と、2人とも感嘆の声をあげます。

ピリッとした緊張感に包まれ、いよいよ森田成一さんの声優落語チャレンジがスタート! 今回森田さんが挑戦するのは古典落語の定番「子ほめ」。近所のご隠居が“タダの酒”を持っているというので飲みにやってきた八五郎ですが、実際は“タダ”ではなく“灘(ナダ)の酒”。タダで酒を飲ませてもらおうというのなら世辞愛嬌のひとつも言ってみろとたしなめられた八五郎は、ご隠居にお世辞のしかたを教わります。そして早速試してみようと子どもが生まれたばかりの竹の家へと向かいますが……。本人はいたって大真面目だけどどこか抜けている江戸っ子「八五郎」をどう演じるかで印象が大きく変わる、落語家の力量が問われる前座話の象徴のような噺です。

あんたがたどこさの出囃子で登場した森田さんは、少し緊張した面持ち。深々と頭を下げると「子ほめ一席申し上げます」と挨拶し、枕話をせずにすぐに噺をはじめます。直接噺に入る潔さ、思い切りの良さは、正に作中の江戸っ子のよう。作中の人物と森田さんの姿が重なり発せられる言葉は、客席をぐいぐいと江戸の街へと引き込み、江戸っ子同士のひょうきんな掛け合いでは自然と笑い声が沸き起こります。上下(かみしも)の切り方、客席の反応を伺っての間の取り方は、正にベテランの妙。とても落語初挑戦とは思えない堂々とした話しぶりは客席を大いに沸かせ、一席をやり終えた森田さんが頭を深々と下げると、会場は大きな拍手に包まれました。

見事初舞台を成功させた森田さんの口演について、タツオさんは「前座さんよりうまい。出てきた瞬間に真打ち5年目って感じがする」と絶賛。感想をたずねられた森田さんは、「もう何も分からずやっていました――ちょっとあぶなかったですね。落語初挑戦なので、(声優を1度目の舞台とするなら)これが2度目の初舞台。今日のことは一生涯覚えているでしょう。棺桶の中に入っても(思い出して)うんうんうなっているかも知れない(笑)」とコメント。猛烈に緊張したというベテランの言葉に吉田さんは「そんな緊張感、ぜんぜん伝わってこなかった!」と、驚いた様子でした。

キャリアを積んでいるからこその難しさがあったのでは? という質問に対し森田さんは「稽古中、余計なことをして迷走するんですが、その時、師匠に『落語のことを信じてください』と言われたのがすごく刺さって。落語は喋る人間、聴く人間に想像してもらえるようできているんですね。だからそれを信じろ、と。でもそれはなかなかできない、できるもんじゃないんです」と稽古を振り返りました。

そんな森田さんに稽古をつけた立川志ら乃師匠は、稽古時の森田さんを「体ができあがっているから、割と早めに落語のリズムで話すことはできたんだよね。でも、そうなるとやっぱり+αを入れたくなる、そりゃあやりますよ、ベテランで負けてられないって想いもあるだろうから」と分析。その上で、「でもそれをやると落語のリズムでなくなってしまう。だから落語を信用してください、と伝えました。自分も『面白いものがつまっている落語に自分をコーティングしようとしてダメにしている。中身を考えたことあるのか、(落語を)信用していないのか』と師匠にさんざん言われたから」と、昔の自分の姿と重なっていたと語ります。

そして「落語のリズムで話してみて何か感じることはあった?」という師匠からの質問に、「人の言葉で笑いをとったり涙を誘ったりするのは、本当に難しい。自分の言葉ではないので、どう話せばそうなるのか、すごく考えました。でも、何をどうしていいのか分からなかったので、教わったプレーンな状態でやろうと決めました。初めてだから恥をかくつもりで。いや、今日は恥をかきに来ました」とコメント。そんな弟子の言葉に志ら乃師匠は「落語は当人も知らない間に全部でるもの。普段、何か役を演じている森田さんより、今日の方が森田さんという人を堪能できたんじゃないかな」と、少しうれしそうに語ると、場内は大きな拍手に包まれました。

「声優落語チャレンジ」のあとは、プロの落語家による口演へ。今回は台所おさん師匠による「三方一両損」。

台所という珍しい亭号ですが、おさん師匠は柳家、しかも人間国宝 5代目柳家小さん師匠の弟子であり孫の柳家花緑師匠に教えを受けた、いわば柳家直系の落語家。台所という亭号も小さん師匠がとても気に入っており、いつか一門の誰かにつけてもらいたいと常々言っていた名前だそうです。

そんなおさん師匠をサンキュータツオさんは「一癖も二癖もある人で弟子入りした花緑師匠より年上とか、もうそれだけで面白い。噺をずっと聞いていたいと思える落語家で、『三方一両損』はおさん師匠のが一番好き。きっと江戸っ子同士のケンカはこんな感じだろうな、って感じてもらえるはずです」と紹介しました。

大きな拍手に迎えられ高座に上がったおさん師匠は、普段の寄席とは違った雰囲気に、少し驚きつつもうれしそうな様子。枕でいつもするという台所の亭号をネタにした「台所だけにキチン(kitchen)とやろうって思ってお辞儀するんです」というダジャレが大きくウケると、「このネタでこんなに拍手もらったのは初めて!」と抜群の間で返し、客席の心をぎゅっとつかみます。枕話はさらに続き、義理堅く人情に厚く洒落が分かって我慢強いという、落語に登場する江戸っ子の性格を笑いを交えながら分かりやすく説明していきます。この頃には、もう完全におさん師匠のペース。地の柔らかな口調とは対照的な気っぷのいい江戸言葉で「三方一両損」がはじまります。

財布を拾った左官の金太郎が落とし主の大工の吉五郎へ届けに行くと、吉五郎は自分から離れていった財布などいらないと受け取りません。せっかくの行為をむげにされカっとなった金太郎は吉五郎とケンカとなり、ついにはお白州で決着を付けることに……果たして大岡越前守の采配は?――人気の大岡裁きが光る古典落語の傑作です。

ケンカをはじめる頑固な江戸っ子2人と、そのケンカに巻き込まれる人たち、さらに大岡越前守と、たくさんの人物が登場する三方一両損は、タツオさんがはじめに言った通り「江戸っ子同士のケンカ」がお客さんの目の前で展開する素晴らしい内容。噺が終わり師匠が深々と頭を下げると、会場は大きな、大きな拍手に包まれました。

柳家の伝統と師匠の個性が絡み合った不思議な口演に、吉田さんは「白黒時代のディズニー映画を見ているかのよう」と興奮気味。森田さんも「落語を学ばせていただいた目線で見ると、プロの違いが分かります。こうやってやるのか、と……もうびっくりです」とプロのすごさに感じ入っている様子でした。

その後、舞台では台所おさん師匠の入門時のエピソードや落語界での師匠と弟子の関係、流派による違いなど落語にまつわる話題が次々に披露されましたが、残念ながら終了の時間。次回(第18回)の開催が発表され、イベントは終了となりました。

小川陽平

■声優落語天狗連 第十七回
日程:2018年7月1日(日)
会場:浅草東洋館
MC:サンキュータツオ、吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)
出演:台所おさん、森田成一/立川志ら乃(稽古番)

■次回公演情報
声優落語天狗連 第十八回
日程:2018年9月予定

リンク:声優落語天狗連 公式Twitter
    「声優落語天狗連」公式ページ
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