アニメ

「曖昧なものがしっかり曖昧に見える」――実写からアニメへの挑戦。「しらぬひ」片野坂亮監督インタビュー

コミックス・ウェーブ・フィルムが「監督・片野坂亮」という新たなる才能とともに送り出した公開中の最新作「しらぬひ」。そこにある痛みから目を背けず、描ききった片野坂監督に、主人公の湊を演じたあのさん、べんちゃん役の花澤香菜さん、マサル役の三木眞一郎さんの表現についてや、劇場作品ならではの音へのこだわりについてなどを伺いました。


——“キャラクター”と称するのは憚られるほど、生きた人物像を立ち上がらせています。たとえば、主人公の湊という男の子はどのように生まれたのでしょうか?
片野坂 正直、「自然と現れてきた」という感覚が一番近いかもしれません。シナリオ開発にかなり時間をかけていたのですが、いよいよタイムリミットを迎えてしまって。崖っぷちのスケジュールの中、2週間でプロットを書き直しました。その時、自分の中にあったものをすべてさらけ出すように書いていく中で、湊という少年が少しずつ姿を現してきたんです。そこからシナリオを1ヶ月ちょっとで必死に書いて、「どう描けばいいんだろう……」と思い悩みながら、頭の中に浮かんだ映像をコンテに起こして、ひとつひとつ進めていきました。

——アフレコでキャストの皆さんが演じられるのを受けて、ようやく客観的にキャラクターを捉えることができたというような部分もありましたか?
片野坂 まさにそうです。皆さんに声を吹き込んでもらった瞬間に初めて彼らに魂が宿ったと、本当に思いました。そこで僕もはじめて一歩離れたところから、湊たちを見つめることができたという感覚でした。



——現場ではどんなディレクションをされましたか? キャストの皆さんは揃って収録されたのでしょうか?
片野坂 基本的には掛け合いのシーンは一緒に収録していただくことができました。あのさんと花澤香菜さん、あのさんと三木眞一郎さん、というように。僕から細かくディレクションしたことはほとんどなくて、皆さんそれぞれの中で深く落とし込んでシーンに臨んでくれました。特にべんちゃんは作中で説明されている情報が一番少なく、神様なのか湊の友人なのか……という存在なので、花澤さんは距離感を掴むのが大変だったんじゃないかと思います。そこで僕がお伝えしたのは「画的には、耳が出ているときは友達としてのべんちゃん、耳が隠れているときは神様として描き分けています」という裏設定でした。すると花澤さんはすぐに理解してくださって、友達であり、母であり、姉でもある、という複雑なレイヤーを一瞬で演じわけてくださいました。印象深いのはやっぱり最後のセリフです。「お疲れ様という気持ちを込めてほしい」とオーダーしたのですが、見事に1発OKでした。三木さんに関しても、最初から完全にマサルとしてスタジオに来てくださって。本当に圧倒されました。「おまえの父親だ」というセリフでは、「あぁ、この人は本当に湊の父親だったんだ」と僕自身がはっと気づかされました。収録後、三木さんとお話ししたときに「僕はどうしても彼(マサル)を悪人には思えなかった」とおっしゃっていて、すごく考えさせられましたし、短い時間ではありますが、マサルとして生きてくださったことに、本当に感謝しています。そして、湊を演じきってくださったあのさん。クリエイティブに対してものすごく真摯な方で、本当に素晴らしかったです。僕自身、初めての本格的なアフレコで、まわりはそうそうたるメンバーでしたから当然緊張していたんですけど、あのさんが小声で「何でも言ってください、何でもやりますから」と言ってくださって、本当に心が楽になりました。少年役は初めてとのことでしたし、難しい役柄だったと思いますが、湊そのものとしてそこにいてくださいました。



——あのさんの叫びを聞き、監督もスタジオで涙をこぼされたとか。
片野坂 はい。あのさんが涙を流されているのを気づかないくらい自分が泣いて……。というか、レイアウトを描いているときから泣いていて、コミックス・ウェーブ・フィルムの川口(典孝)会長からも「これ、泣きながら描いただろう」とツッコまれました(笑)。泣きっぱなしの作品ですね。



——劇場公開作品ということで、映画館で味わっていただきたいディテールや音響のこだわりについて教えてください。
片野坂 大スクリーンだからこそ、曖昧なものがしっかり曖昧に見えるという部分を楽しんでいただきたいです。作中にでてくる「しらぬひ」という現象自体、蜃気楼という曖昧なものです。掴もうとして近づくと消えてしまう人間の関係性にも似たその曖昧さを描くために、あえてフィルムノイズをかけたり、詳細に見えないような画作りをしました。かつてのフィルム映画のような、想像力をかきたてる余白や異物感を大スクリーンで感じてほしいです。また、音響効果は映画「るろうに剣心」シリーズなどの実写映画を手がけてこられた勝俣まさとしさんに入っていただきました。僕のアプローチが実写寄りということもあり、人間には聞こえないような周波数帯のノイズを音響効果として積み重ねていくことで、観客の身体に生物的に響くような音響になっています。そして、劇伴は梅林太郎さんと1曲ずつ丁寧に作り込みました。ラストで疾走するシーンの太鼓のパーカッションは、舞台となった熊本県津奈木町赤崎の小学生たちが実際に叩いていた「赤崎太鼓」の音を使っています。地方の作家として、その土地に根ざしたエンターテインメントを作るというひとつの寄り添い方が提示できたのかなと思っています。

——青葉市子さんの主題歌「しらぬひ」も素晴らしいですね。
片野坂 本当にしびれますよね。映画が終わったあと、「彼らは確かにそこにいた」という、魂の残響のようなものが静かに残っていてほしいと思っていました。だからこそ、エンドロールでは物語の感情をそのままなぞるのではなく、そこからもう少し深い場所へ観客を連れていってくれる主題歌が必要だと考えていました。僕自身、青葉さんの歌声や言葉には何度も心を包み込まれ、遠く深い場所へ連れていかれるような感覚があったので、「しらぬひ」の最後を青葉さんに託せたことは、本当に嬉しかったです。実は青葉さんと作曲家の梅林さんにはいくつかあるテイクの中から、どれが良いか選んでほしいと言われて、一番生っぽさのあるテイクを選ばせていただきました。梅林さんの弾くピアノの真横で青葉さんが歌われていて、呼吸が絶妙にシンクロしている息をのむようなテイクだったんです。でも、のちに青葉さんのインタビューを拝見して、音楽的にはあまり選ばれないテイクだったと知って驚きましたね。歌と演奏を近い位置で録音していると音が被ってしまうから普通は避けるところなんでしょうね。でも、音楽のことは素人ながら、この映画にはそのライブ感が合っていると感じました。あらためて、本当に素晴らしい主題歌を「しらぬひ」に贈っていただいたと思っています。

——最後に、実写映画の世界から業界に入り、アニメ映画も手掛けられた今あらためて感じている、「映画」への思いを教えてください。
片野坂 幼稚園生のころに「ジョーズ」を観て以来、映画が好きになりました。自分の人生を変えてくれたのは映画です。かつて映画解説者の水野晴郎さんが言っていましたけど、「映画って本当にいいものですね」って僕も思うんです。だから、この映画もいろいろな人にどうか届いてほしいですし、一方向的なメッセージを押しつけるのではなく、それぞれの見方で受け取っていただけたらと、祈るような気持ちでいます。観たあとにふと立ち止まって、誰かの人生や、自分の人生について考える。そんな時間を残せる作品を作りたい。それが、僕が映画を作る意味なのかなと思っています。



■しらぬひ
●劇場公開中
スタッフ:原作・脚本・監督・作画監督=片野坂 亮 音楽=梅林太郎 主題歌=青葉市子「しらぬひ」(hermine) 美術監督=小林海聖 色彩設計=山本智子 撮影監督=津田涼介 制作プロデューサー=濱﨑周平 プロデューサー=新井修平 アニメーション制作=コミックス・ウェーブ・フィルム 製作=しらぬひ製作委員会 配給=ギャガ
キャスト:湊=あの べんちゃん=花澤⾹菜 マサル=三⽊眞⼀郎
©2026 ⽚野坂 亮/しらぬひ製作委員会
(リンク)
公式HP:gaga.ne.jp/shiranuhi/ 公式X:@shiranui_movie

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