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【MOVING PICTURES】笑っちゃいけないけど笑っちゃう? 悲劇のどん底から生まれる喜劇「mentor」

15年前の花火遊びによってアパートを全焼させ、ひとりの男から妻子を奪ってしまった2人の青年。罪の意識をアーチェリー競技に打ち込むことで封印し、オリンピック代表候補としてストイックに生きる益子龍之介と、過去のトラウマから抜け出せず、陰鬱な日々を送る上谷拓海。まったく対照な2人の前に現われたのは、生々しいやけど痕を残した被害者の男・埜本(のもと)潤だった。


15年前、悲劇を生んだ事件の元凶となった花火。自分たちの人生を狂わせたトラウマとも言える遊びだが、2人はあえて花火をしながら語り合う
©2026「mentor」製作委員会


静かな夜の闇を切り裂くような凄惨な炎と、すべてを失った男の悲痛な叫び。映画冒頭から突きつけられる地獄のような光景はどこまでもリアルで、誰もが息をのみ、これから始まるであろう重厚なサスペンスや濃密な人間ドラマを受け止めるための心の準備をするはずだ。しかし、𠮷田恵輔監督は観客のそんな覚悟をあざ笑うかのように、いともたやすく裏切ってみせる。本作の本質は、絶望の淵でもがく人間たちの姿が、一周回って抱腹絶倒の光景へと反転してしまう、極限のシリアスがもたらす「最狂のブラックコメディ」だ。


社会人として働きながら、アーチェリー競技でオリンピックをめざしている龍之介。磯村は過酷なトレーニングを経て、全編吹き替えなしで挑んだ
©2026「mentor」製作委員会


加害者の青年たちにとって埜本は、謝っても謝りきれるものではなく、恨まれて当然の存在である。しかし埜本は、土下座して謝罪する拓海に寄り添い、その罪を赦したばかりか、彼の心を癒やして前を向かせるのだ。妻と子供を失った被害者が、加害者に優しく寄り添う姿はあまりに奇妙に映る。しかもそれを演じているのが綾野剛となれば、「何かあるに違いない」と身構えざるを得ない。「優しそうな顔をして、実はいちばん恐ろしい」という役を演じさせたら当代随一と言える綾野の存在は、劇中を通じて常にわれわれを混乱させ、ただならぬ緊張感を生み出しつづける。まさにキャスティングの妙だ。ところが、ここから物語は意外な展開を見せていく。埜本から自身の罪を赦された拓海は、彼をみずからの指導者──「メンター」としてあがめ、常軌を逸した距離感で盲目的に心酔していくのだ。


自販機補充員として働く拓海は、とある現場で偶然にも埜本と再会する。事件の影響で夢も希望ももてない拓海に対し、埜本は優しく接し導いていく
©2026「mentor」製作委員会


綾野の演じる埜本を警戒していたら、まさかの対抗馬出現に「お前もヤバかったのか!」と思わず突っ込んでしまう。観客はこの辺りでようやく本作の仕掛けに気づき、同時に「でも、これって笑っていいの?」と、葛藤の渦に巻き込まれていくことになる。スクリーンのなかの彼らはいたって真剣で、もがき苦しんでいて、だからこそわれわれの目には滑稽に映る。本作は、伊丹十三監督の「お葬式」や、ジョエル&イーサン・コーエン監督の諸作がそうであるように、シリアスな状況だからこそ人間の矮小さが際立ち、思わず噴き出してしまうという不条理ブラックコメディの系譜に連なる作品だ。さらに言えば、「ヒメアノ~ル」で日常と隣り合わせの狂気をえぐり、「空白」や「ミッシング」で被害者と加害者の曖昧な境界線を執拗に問うてきた𠮷田監督の、ひとつの到達点にして集大成でもある。「贖罪」や「赦し」という定型的な解釈を容赦なく解体し、得体の知れない「依存」や「支配」へと反転させる手腕はさすがと言うべきで、ひと筋縄ではいかない意地の悪さが実に𠮷田監督らしい。


15年前の罪を心の奥底に封印して前を向く龍之介と、そんな龍之介の罪を赦す埜本。加害者と被害者がともに酒を酌み交わすという異様な光景が広がる
©2026「mentor」製作委員会


このシリアスとコメディの危ういバランスを成立させているのは、キャスト陣の芝居によるところも大きい。本作の芝居は決して「コント」ではなく、あくまで「リアリティ」側に軸足を置いていて、だからこそ観客は安易に笑うことができない。本作が個人での映画初主演の末澤誠也は、まじめでピュアだからこそ生まれる拓海の狂気を全身で体現しているし、クールさのなかに危うさをもつ龍之介を演じる磯村勇斗は、抑制と解放の絶妙なメリハリで観客の共感を一手に引き受けている。そして埜本を演じる綾野は、最後までどちらに転ぶかわからない怪演で、作品全体にサスペンス的な緊張感をもたらしている。


火事の起こったアパートの住民たちに対して謝罪行脚を行なう拓海は、ひとり土下座の練習に励む。劇中での土下座シーンは本作のハイライトのひとつだ
©2026「mentor」製作委員会


人は簡単には変わらないし、どんなに美しいことばで飾っても、人間の根底には愚かさがこびりついている。そんな身もふたもない現実を突きつけられながらも、最後に残るのは、不完全で凸凹な人間たちへの奇妙な肯定感であり、人間賛歌だ。


奇妙なきずなで結ばれた3人は、休日にフィールドアーチェリーを行なう。しかしここで、それぞれが抱えている問題や葛藤があらわになっていき……
©2026「mentor」製作委員会


【取材・文:岡本大介】

■映画「mentor」
●10月16日(金)より全国ロードショー

STAFF:脚本・監督=𠮷田恵輔 製作=勝股英夫、四宮隆史、駒井有紀子、東城祐司、中村浩子、五十嵐淳之、古賀奏一郎 音楽=茂野雅道 エグゼクティブプロデューサー=前野展啓 ゼネラルプロデューサー=西山剛史 プロデューサー=大森美希、長井龍、古賀奏一郎 撮影=志田貴之 照明=常谷良男 録音=田中博信 装飾=吉村昌悟 衣裳=篠塚奈美 ヘアメイク=有路涼子 特殊メイクデザイン=藤原カクセイ スクリプター=増子さおり 助監督=松倉大夏 制作担当=榊田茂樹、鳥越道昭 編集=下田悠 音響効果=赤澤勇二 VFXスーパーバイザー=白石哲也 キャスティング=川口真五 題字=赤松陽構造 企画協力=石田雄治 製作=「mentor」製作委員会 製作幹事=エイベックス・ピクチャーズ 企画制作=スターサンズ 制作プロダクション=SS工房 配給=エイベックス・フィルムレーベルズ、スターサンズ

CAST:益子龍之介=磯村勇斗 上谷拓海=末澤誠也 埜本潤=綾野剛 埜本涼子=木南晴夏 生田麻衣子=酒井若菜 拓海の母=川上麻衣子 坂本修斗=二村仁弥 井川直美=黒沢あすか 井川重明=田村泰二郎

リンク:映画「mentor」公式サイト
    映画「mentor」公式X(Twitter)・@eiga_mentor

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