スタッフ

「彼氏彼女の事情」Blu‐ray BOX発売!鷺巣詩郎インタビュー「『カレカノ』は映像作家・庵野秀明と音楽がスパークしている作品」

1998年10月から1999年3月にかけて放送されたTVアニメ「彼氏彼女の事情」は、累計1100万部を超える津田雅美原作の少女漫画を、「エヴァンゲリオン」を一度作り終えた庵野秀明さんがTVアニメ化したもの。20年の時を越え、2019年3月27日、ついにBlu-rayBOXが発売されます!

音楽を担当した鷺巣詩郎さんは「新劇場版」「シン・ゴジラ」など数多くの庵野秀明作品を手がける作曲家で、「シン・ゴジラ 音楽集」では第58回レコード大賞特別賞を受賞。また、数多のアニソンを世に送り出すと同時に、音楽プロデューサーとしてMISIAをはじめ数多くのアーティストの楽曲を手がけてきた第一人者。その鷺巣さんにカレカノを振り返っていただきました。

ーーかなりさかのぼることになりますが、「ふしぎの海のナディア」「新世紀エヴァンゲリオン」と庵野秀明監督作品の音楽を担当されてきて、次は「彼氏彼女の事情」だと聞いた時はどんな感想を持たれましたか?

鷺巣 '97年の旧劇場版(「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」)がああいったドロッとした終わり方だったし、監督が自主制作的な実写映画「ラブ&ポップ」からTVアニメに戻ってきたと思ったら、一転して少女漫画原作もので、しかもかなりコミカルに振り切れてて。まあ、これはこれでいいんじゃないかと思いました。

ーー監督がご自身を削り取るような制作方法から、フェイズが変わった作品とも言えます。

鷺巣 そうですね。逆説的ですけど、劇場版に関わらなかった「ナディア」じゃないけど、頼まれたとしても監督は二度とやらないスタンスだったと思うんです。今となっては新劇場版がありますが、'98年当時は「もうエヴァはないだろう」というほどの幕の引き方だったし。あくまでも僕の感想だけど、サブカル方面に与えた現象の大きさというのは、今より当時の方があったんじゃないかな。エヴァを終わりにして、過去のものにして、カレカノを始めたというのは、感慨深いですよね。結果論ですけど、この「カレカノ」も現段階では庵野監督のTVシリーズ最後の作品になってますから。

ーー音楽メニューの打ち合わせでは、庵野監督とはどんなお話をしたんですか?

鷺巣 監督はずっと変わらない人なので、「ナディア」、「エヴァ」、「カレカノ」での打ち合わせの声のトーンは同じ。作品の説明も、「内容は明るいです」くらいで、声や表情はモノトーンです(笑)。でも長く付き合うと我々スタッフはみんな、監督が発している独特のシグナルに気づくわけです。そのシグナルで、弾けた作品ができるんだなっていう予感を受けましたね。

ーー「ふしぎの海のナディア オリジナル・サウンドトラック vol.2」のブックレットでは、庵野監督が具体的な楽曲を挙げて「こういう感じで」と発注するという話をしていましたが、カレカノの時はいかがでしたか?

鷺巣 確かに「ナディア」や「エヴァ」の時はありましたね。でも「ナディア」が終わった後にリリースしたキャラソン(「VOCAL COLLECTION 2」)では「アパッチ野球軍」や「サザエさん」などいろんなパロディーがあるんですけれども、実際の音源を聞かされなくても監督の説明だけでわかるところまで共通認識ができあがっていました。だから「カレカノ」では完コピもの以外で音源を参考にしてないですね。完コピものというのは、〈正太郎マーチ〉です。

ーーOPすぐあとに出てくる元気なナンバーで、元は「鉄人28号」の曲です。

鷺巣 〈正太郎マーチ〉を完コピでやるというのは、監督にとってひとつの念願でもあったんです。そういった意味でも弾けた作品になるんだろうなというのは伝わってきました。〈アバンタイトル〉という曲の後すぐに、「これまでのあらすじ」の中で〈正太郎マーチ〉が流れる。この2つの音楽が繋がったときの破壊力はかなりのものでした。

ーーボロディン作曲〈ダッタン人の踊り〉、こちらも重要なモチーフになっています。

鷺巣 監督にはすごく戦略的に音楽を捉える側面もあります。例えば、藤井フミヤに楽曲プロデュースを頼んだり、井上陽水の曲(〈夢の中へ〉)をやったり、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」で宇多田ヒカルが主題歌を歌ったりというのは、すごくビジネス的な音楽センスだと思うんです。J-POPとの高い親和性が作品の訴求力を高めることもあるじゃないですか。一方で、「サザエさん」や「ルパン三世」などのいろんなパロディーが「カレカノ」には出てきますけれども、それらはビジネス的なものではなくて、単純に映像作家・庵野秀明のキャラクターなんですよね。ガイ・リッチーやウェス・アンダーソンといったモダンな映画監督がみんな持っている音楽センス。デイミアン・チャゼルは元々ジャズミュージシャンでした。フランシス・F・コッポラやスタンリー・キューブリックなどはクラシック音楽を媒体として、自身の映像作家としてのキャラクターを形成していった。庵野監督は自身の好みだけでなくビジネス面もバランスよく兼ね備えた、音楽的に非常に優秀な映像作家なんですよね。日本でこれほどの音楽センスを持った映画監督は他にいないと僕は思います。ビジネス的なセンスと作家的なキャラクター、どちらかしか持ってないという人が多いし、たとえ両方持ってたとしても、迷いがあるからマーケティングのように決める人が多いです。庵野監督はそういうことにいっさい迷わない。自分の好みにもとことん忠実だし、ヒットさせたいから商業性もとことん高める。その両立が絶対ブレない。だからついて行ける。もう「この人に一生ついていこう」と思えちゃうほど強靭です。

ーー庵野監督は「カレカノ」へ臨むにあたって、役者さんの起用方法を変えていて、初めて声優をやる役者さんもかなり起用しています。音楽面で新しい挑戦といったものはありましたか?

鷺巣 ありますね。先ほども言いましたけど、「ナディア」で出したキャラソンCDは、ファンサービスとして、いい意味で肩の力の抜けたパロディーがたくさん入ったCDでした。それを進めて、「カレカノ」では劇伴として、つまり物語に組み込まれる音楽として大胆なパロディーをやったんです。その後こういった庵野監督の手法が、日本のあらゆる映像作品に大きな影響を与えたのはもう間違いないですよね。今じゃ声優さんの歌や劇伴によるパロディなんか当たり前だけど、そういう先駆って庵野センス、庵野劇場でしょ、やっぱ。

ーー鷺巣さんはサントラのライナーノートで「ワケもなく楽しく、ハンで押したようにサビシー」「回想の十代の典型」といった言葉を書かれていました。今、思春期の少年少女を描いた「カレカノ」の見どころをうかがうとしたらどういった言葉になるのでしょうか。

鷺巣 一方通行というか、猪突猛進のよさがこの作品にはあるじゃないですか。でもどこかで必ずスッと引くところがあるんですよ。例えば「シン・ゴジラ」の“水ドン”じゃないですけど、グッと切迫したシーンに一瞬落ち着けというようなシーンが入る。庵野監督の作品には常にあるんですよね。特に「カレカノ」の場合、コミカルな音楽って勢いが付いちゃうと際限なく突っ走りがちなんですが、そこにすごくリリカルなピアノソロが入ってきて、フワッと一瞬宙に浮くような哀愁が生まれるんです。その哀愁の度合いが、アニメ版の「カレカノ」の一番大きな魅力だなあと思います。

ーー庵野秀明作品だけでなく、劇伴を数多く手がけてきた鷺巣さんにとって「カレカノ」の音楽はどういう位置づけにあるのでしょうか。

鷺巣 これはいつも言っていることですけど、マイルストーンですね。もちろん「ナディア」があって「エヴァ」があり、「カレカノ」に繋がるんだけど、「カレカノ」それ自体は、映像作家・庵野秀明と音楽がスパークしている作品だと思うんです。庵野秀明というアーティストの音楽表現を、鷺巣詩郎がスピーカー、媒体として完璧に代弁できたと実感しています。単純にハマったとかうまくいったということではないんです。完コピしたいと言われた。そうしたら「なぜ完コピしたいのか」というところから探って探って、深いところで理解して、媒体に徹する。初めてそれを実感として掴めたのは、〈正太郎マーチ〉ならば第1話の放送を見た時です。〈アバンタイトル〉から〈正太郎マーチ〉へ繋がった時の引きの強さ。その時に「ああ、これ以外なかったんだ!」とまざまざと気づかされました。新劇場版「破」で〈翼をください〉を迷いなくやれたのは、やっぱりこの体験があったからです。とにかくこの第1話は何よりも印象に残っています。

ーー感覚的な言葉になりますが、「カレカノ」は映像的にはすごくギザギザしているのに、音楽によってすごくまとまりが出てきて、その構成が見事だなと感じます。

鷺巣 据わりがいい感じがありますよね。ギザギザした映像にギザギザした音楽、パロディー的な音楽がハマっているという据わりのよさと、さっきも言ったように、一段落置く時にふっとインテリジェンスのある音楽が流れたりするところがまたいいんです。最高のタイミングで音楽が鳴っている。これはもう庵野監督の音楽センスに尽きるんだけれども、1つの音楽をあれほど長く流す人っていないんですよね。映画はともかく、TV音楽では特に。「エヴァ」での“第九”も画期的だったわけです。そういうサウンドデザインは唯一無二だと思いますね。

ーー音響監督も庵野監督ですもんね。

鷺巣 ええ、そこは大きいですね。

ーーいつか、庵野監督がまたTVシリーズで鷺巣さんと組んでいるものを見ることはできるのでしょうか。

鷺巣 どうでしょうね。……今、心配なのは視聴環境が20年前とは大きく変わってしまったことですね。TVシリーズをリアルタイムで毎週見る人って確実に減ったと思うんです。庵野監督が「新劇場版ヱヴァ」や「シン・ゴジラ」で極端に事前情報を抑えているのは、一定数の人に、揃った時間で見てほしい、という願いが強いんだと思うんです。ネタバレももちろん気にしていると思いますけど、それ以上に、大勢で見る時のエンターテイメント性、大衆の中で増していく親和性に重きを置く映像作家なんですよね。うん。TVシリーズでということなら、いちオーディエンスとしては実写を見てみたいですね。庵野監督がやってないのってTVドラマだけですから。勝手な解釈ですが、ふんだんにバジェットがある大河ドラマとか年末ドラマとか特番系。そう、時代劇とか見てみたいです(笑)いずれにしても実写のTVドラマは見てみたいですね。

【鷺巣詩郎 プロフィール】

さぎす・しろう/東京都出身。作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。ピー・プロダクション代表。1978年にT-スクエアのメジャーデビュー作に参加。以来、アイドル歌謡曲、J-POP、アニソン、映画・TV劇伴など現在に至るまで40年に渡って第一線で活躍中

【取材・文:細川洋平】

「彼氏彼女の事情」Blu‐ray BOX
発売中
価格:税別1万4000円
【仕様】
Blu-ray全5枚組
平松禎史描き下ろしイラスト使用外箱
【封入特典】
<100Pブックレット>
庵野秀明(監督)、平松禎史(キャラクターデザイナー)、今石洋之(アニメーター)、鷺巣詩郎(音楽)、松倉友二(制作プロデューサー)、佐藤裕紀(制作プロデューサー)によるインタビュー
庵野監督によるMライン資料、使っていた台本表紙やオーディション資料、初期構成、OPコンテなど大量掲載。平松禎史による初期ラフ絵柄、また原画、作画監督修正集なども収録
<生フィルムコマ>
当時に撮影されたアニメ本編フィルムそのものから一部の「コマ」を切り出したもので、資料用に保管された様々なカットからランダム封入
*映像、音声の一部において、修復困難な退色や傷、あるいは音声ノイズ等が発生する箇所がございますが、本商品に収録した素材の状態に起因するものです。

リンク:「彼氏彼女の事情Blu-ray BOX」公式サイト
この記事をシェアする!

MAGAZINES

雑誌
ニュータイプ 2024年4月号
月刊ニュータイプ
2024年4月号
2024年03月08日 発売
詳細はこちら

TWITTER

ニュータイプ編集部/WebNewtype
  • HOME /
  • レポート /
  • スタッフ /
  • 「彼氏彼女の事情」Blu‐ray BOX発売!鷺巣詩郎インタビュー「『カレカノ』は映像作家・庵野秀明と音楽がスパークしている作品」 /