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”筋肉こそが、「ガンヘッド」当時の自分の心のよりどころだった”髙嶋政宏 ロングインタビュー(前編)

2018年08月13日 13:56配信
”筋肉こそが、「ガンヘッド」当時の自分の心のよりどころだった”髙嶋政宏 ロングインタビュー(前編)

「俺の骨をあげる」出演 髙嶋政宏さん 写真/江森康之

2018年7月号にて、通算400号を突破した「月刊ニュータイプ」。そこで「ニュータイプ」史において、表紙に登場した唯一の日本人俳優である髙嶋政宏さんを直撃したところ、あまりにも貴重かつオモシロすぎるお話を大量にうかがってしまったので、7月号には載せることが叶わなかったトークを加えたロングバージョンを、前後編でお届けします!

――「月刊ニュータイプ」の表紙を飾った実写映画は、1988年の「ロジャー・ラビット」と翌年の「ガンヘッド」だけなんです。「ガンヘッド」は、髙嶋さんにとって初主演作でしたよね。

髙嶋:そうですね。1989年に最もヒットした東宝映画が、僕も出演していた大森一樹監督の「花の降る午後」なんですけど、逆に最も売れなかったのが「ガンヘッド」らしいんです(笑)。当時、東宝の偉い方に「キミはいちばんヒットしたのとしてないの、両方に出ていてスゴいな!」と言われたのを覚えていますよ。

――とはいえ、「ガンヘッド」は根強い人気がありますよね。公開から約30年を経て、いまだ関連商品やムック本が発売されますから。

髙嶋:最終的にDVDだなんだで、意外と儲かってるかもしれないですね(笑)。それに最近、いろんな現場の装飾さんや特殊メイクさんから「『ガンヘッド』、大好きなんです!」って言われるんです。あのころ、「こんな映画をつくる現場にかかわってみたい!」と思ってくれた中学生くらいの子が、そういう仕事に就いてるんですね。

――私事で恐縮なんですが、子供のころ、新宿アルタ前に展示された実物大ガンヘッドを目の当たりにして、いまだその衝撃に生かされつづけてるような感覚があるんです。

髙嶋:そんな時期にアレを見たら、もうこの世界から抜け出せないでしょうねぇ。だって僕らもすごい感動しましたから。あの巨大なガンヘッドがきたとき、原田眞人監督だったか、それともプロデューサーだったか……「皆さん、このガンヘッドは動きません!」って宣言したんですけど(笑)、それでもみんなで拍手喝采ですよ。で、その日の撮影は、巨大なガンヘッドの周りの木枠を動かして、あたかもガンヘッドが歩いてるように見せるっていう肉体労働でした。もちろん、人力です。あと、コクピットもムチャクチャ狭かったなぁ。どうやっても撮りようがない感じでした。ただ、全部分解できるように作られていて、これはまたよく考えられてるなぁと感心しましたよ。汚しにしても、小道具さんとか美術さんが嬉々としてやっていて、まさに匠の集まりでしたね。

――最近の邦画は、こういったジャンルものも含めて、どんどんクオリティが上がってきてると思うんですが、それでも「ガンヘッド」のハリウッドライクなビジュアルには色あせない魅力があります。

髙嶋:「(スター・ウォーズ エピソード5/)帝国の逆襲」の、アーヴィン・カーシュナー監督も撮影見学にきてましたもん。原田監督が友達だったんですよね。その後、「ガンヘッド」でやってた手法の一部を使ってた、みたいな話を聞いたことがあります。あと、そういうハリウッド映画への対抗心もあったと思うんですけど、それと同時に「ゴジラ」っていう巨大な壁に向かっていくという感覚もありましたね。やっぱりどうしてもいちばんは「ゴジラ」なんですよ、どんなジャンルの映画を撮ってもね。僕も東宝芸能に入って、撮影所に足を踏み入れたとき、まずそれをひしひしと感じました。誰もが「ゴジラ」に対してあこがれと尊敬を抱いていて、「ゴジラ」に携わったことを誇りに思ってる。「ゴジラ」のスタッフというのは、ほぼイコール黒澤組でもありますから。こういう特撮ものの地位って、日本独自なんじゃないですか? 「スター・ウォーズ」から始まるSFX映画の流れとは別に、海外でもB級映画のけっこうおもしろいヤツがあるじゃないですか。「キラーコンドーム」とか「アタック・オブ・ザ・ジャイアント・ケーキ」とか……。ああいうギリギリの手作り感がある特撮とは、また違った位置にあるのが「ゴジラ」なんですよね。海外でも賛否が分かれるんですけど、2/3くらいの人はすごいと思ってる。「ゴジラ」に出たというと、まったく反応が違いますから。で、そんな中での「ガンヘッド」ですよ。こういったジャンル映画や時代劇……のちの「ZIPANG」なんかで行くことになるロケ地は、「ガンヘッド」でほとんど行きましたね。

――なるほど。「ガンヘッド」のハリウッド感って、特撮パートもさることながら、髙嶋さんの筋肉が支えてる部分も大きいと思うんです。この二の腕の太さ、今日び邦画ではお目にかかれないものですよ。

髙嶋:原田監督はハリウッドスタイルの第一人者なんで、とにかく鍛えなきゃダメだったんです。ちゃんと「コマンドー」みたいなカラダつきになれと(笑)。でも、この筋肉こそが「ガンヘッド」当時の心のよりどころだったんですよ。つまり何度も何度もリハーサルを重ねていると、芝居っていうのは固まりすぎちゃって、ちゃんと今起こってる会話に聞こえなくなる危険性があるんですね。結局、芝居っていうのはセンスですから。その半面、カラダはやればやっただけ答えに近づける。鍛えれば鍛えるほど、ブルックリンっていう役と一体化できたんです。

――当時、参考のためにご覧になられた洋画などはありましたか?

髙嶋:「ダイ・ハード」! 撮影中、3回くらい見ましたね。原田監督には、「駅馬車」と「サハラ戦車隊」を見ておくように言われました。「ブレードランナー」に「エイリアン」、「エイリアン2」もそうですね。それとセリフに関しては、「アルタード・ステーツ(/未知への挑戦)」のウィリアム・ハートの感じなんだと。今では普通のことだけど、こういうことをスタッフやキャストに伝える監督って、当時としてはすごく珍しかったんじゃないかなぁ。自分のアイデア元は、むしろ隠そうとするのが普通だった気がします。でも原田監督の場合、あくまでも作品世界を伝える手段であって、こういうふうに撮りたいっていうことではないんです。リドリー・スコットと同じことはやらないよっていう志の高さがすばらしい。

――「ガンヘッド」のファンは、その志の高さに惹かれ続けてるんですよね。だからこそ、当事者としては満足できてない部分も多いかと思いますが。

髙嶋:作り手は、常にもうちょっとできたんじゃないかって思うものですから。俳優に関していえば、もうちょっとやればよかったと思うくらいで、ちょうどよかったりするんですけどね(笑)。もちろん、今となってはそう思うというだけで、当時はもう全力でやってましたよ。で、原田監督からそういう言い方じゃダメなんだと怒られたり。(後編に続く)

【取材・文:ガイガン山崎】

劇団鹿殺し ストロングスタイル歌劇「俺の骨をあげる」

【東京公演】8月15日[水]~19日[日] サンシャイン劇場

リンク:「俺の骨をあげる」公式サイト