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業界の裏方も支える声優、森川智之インタビュー

第9回声優アワードで、助演男優賞を受賞した森川智之。発売中のニュータイプ5月号(特別定価800円)では、彼の昨年の活躍を振り返る話を中心にインタビューを掲載。ここでは、ひとりの声優としてのみならず、声優事務所及び養成所の代表としても語ってくれた熱い思いをお届けしたい。

――受賞おめでとうございます!授賞式はいかがでしたか?

森川:ありがとうございます。それはもうアワアワしましたよ、アワードだけに(笑)。なんて冗談はさておき、アワードが設立した時、今の子供たちが「あそこで表彰されるぐらいの声優になりたい」と目指してくれるような場所になったらいいなとは思っていたのですが、まさか自分が呼んでいただけるとは……率直に言って、驚きました。

――スピーチで「すべての声優ファンへ感謝します」とおっしゃった力強さに心を打たれました。

森川:この世界へ飛び込んで、今では重鎮と呼ばれる方たちのプロフェッショナルな仕事を見た時の感動は今でも忘れられません。その頃は知る人ぞ知る影の存在だった“声優”を、たくさんの人たちが応援してくれて、また、目指してくれる人たちがいる状況がうれしくてしょうがないんです。声優の地位向上を掲げて邁進されてきた諸先輩方のお力もあって、業界が盛り上がってきたことのひとつのかたちとして、華々しい場所に立てたことを本当にうれしく思います。

――ちょうどデビュー30周年の節目を迎えられるそうですね。

森川:29年経ったら、もう30周年って言うらしいですね。周りの人に言われて初めて気づいたのですが、実感がなくて。よく、デビュー前からの知り合いの声優の陶山章央にも「森川さんは、出会った頃から今でもまったく変わらない」って言われるんですよ。裏を返せば、成長していないってことかもしれないけれど(笑)、変わらないのがいいのかなって。

――ご自身の“核”となる、変わらない思いとは?

森川:職人的な技術職としての“声優”への、あこがれですね。アニメでも外画でもナレーションでも、自分の声は、作品を構成するパーツのひとつですから、スポットライトの当たる仕事が増えた時代であっても、あくまで縁の下の力持ち、スタッフ側の人間であるという意識が強いんです。要は、裏方の仕事が好きなんですよ。でも、それはきっと僕だけじゃないと思う。個人的に、声優には優しくて気づかいのできる人が多いと感じるんですが、ちゃんと周りが見えているんだと思います。

――森川さんのように、長く活躍し続けるためのひとつの秘訣でしょうか。

森川:どうなんでしょう。ただ、どんなに華やかな面がクローズアップされても、実際はものすごく地味な仕事。これからは、そういう声優の“本当の”仕事が好きな人が、スターになれるんじゃないかなっていう思いはあります。

――「変わらない」ということは、今も、新鮮な気持ちで一作、一作と向き合っているんですね。

森川:そうですね。作品には、時代の流れが表われる。「今の流行」よりも「次はこれだ」という新しいものを打ち出していく世界だから、役者も、それをどうおもしろがっていけるのかというところが大事だと思います。

――今でも、オーディションを受けられるのですか?

森川:もちろんですよ。オーディションは、いただいた時間のなかで、どれだけ自分が役を突きつめられるかという勝負だと思っています。その瞬間を役として生きたら、あとは、判断をお任せするのみです。もちろん、受かったら小躍りしますが、落ちたからといって一回一回、へこんでいたら、この世界では生きていけません。

――そう言って、若い方たちを励ますこともありますか?

森川:ありますよ。若い頃は、自分を中心に地球が回っていると思いがちなんですよね。でも、世の中にはうまくいかないこともいっぱいあるし、矛盾だらけだってことにも気づくし、だんだん落ち着いていくものなんです。昔、大ベテランの先輩に「最近、僕、(オーディションに)受からないんです」って、愚痴をこぼしたことがあって。そしたら「何言ってんの?僕なんて、もう40年この世界にいるけど、受かったことないよ」って。受かってないのに、なんでその現場にいるんだっていう(笑)。要は、受けた役に落ちても、芝居を聞いてくれた人の心に引っかかれば、何かの役に使ってもらえることもあるんです。先輩の話が本当かどうかは別として、その瞬間、「なんて僕は、自分のことしか見えていないんだろう」って。何としてでも役を獲得しなければならないというギラギラしたところが、きっと声にも出ちゃっていたんでしょうね。先輩のことばは、そのときにはわからなくても、あとから「ああ、こういうことだったのか」とわかることがあるし、本当にちょっとしたひと言でも重みがあります。

――今は、ご自身が「先輩」の立場で、ことばをかけられているのですね。

森川:難しいんですよね、考えるための余白を残して何かを伝えるというのは。自分自身で気づいてもらいたいから。ただ僕は、芸歴と講師歴がいっしょなんです。デビューした時から、滑舌も発声もできていたので、養成所で指導を任されていて。当時は「講師をやってもいいことないぞ」「ナマイキだ」と言われたりもしましたが、指導することによって、僕自身の意識も高まるし、思いもよらない解釈に気づかされることがある。いまだに教えるなかで学ぶことがたくさんあります。

――そもそも、なぜ、声優事務所と養成所を立ち上げられたのですか?

森川:僕は、この“声”の世界が大好きなんです。そこから派生する仕事もありますが「おまえは何者だ?」と聞かれたら「声優」でしかありません。だから、こうして望んだ立場をいただいた以上の喜びはないんですよ。ならば、これからは少しでも業界自体を盛り上げるための力になれたらいいなって。

――正直、大変ですよね?

森川:はい、想像していた以上に(笑)。所属する役者、生徒、スタッフのことを考えて、相談を聞かなくてはいけない。なおかつ、経営もしなくちゃいけないとなると、自分は大変なものをスタートさせてしまったと思いますが、でも、それが楽しいんです。

――やはり“裏方”の役割を愛していらっしゃるんですね。そのうえで、第一線で活躍されつづけていることを頼もしく感じます。

森川:そうありたいですね。“声優”であることを失ったら、僕ではなくなってしまうから。【記事:WebNewtype】

●もりかわ・としゆき/1月26日生まれ、東京都出身。アクセルワン所属。出演作品は「幕末Rock」土方歳三役、海外ドラマ「SHERLOCK」ジョン・ワトソン役ほか多数

shot by FUMIKO TAGAMI
text by TOMO KITSUKAWA

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