新作&おすすめアニメのすべてがわかる!
「月刊ニュータイプ」公式サイト
2018年~2020年にかけて劇場公開された「あさがおと加瀬さん。」「フラグタイム」「どうにかなる日々」。この3作品を手掛けた佐藤卓哉監督×ポニーキャニオン・寺田悠輔プロデューサーによるスペシャル対談の後編では、音楽やキャスティングの話題を中心にお話をうかがいました。
――劇伴音楽は「あさがおと加瀬さん。」「フラグタイム」のrionosさんに替わって、「どうにかなる日々」ではクリープハイプが起用されました。
佐藤 内容的に劇伴はざらっとした感じで、あまり感傷的じゃない……いってしまえば、あまり劇伴っぽくない感じがいいのかなと思っていました。そこから、たとえばバンドサウンドっぽくするという可能性はちょっと話していたんですけど、はっきりバンドの人たちにお願いするという話まではしていなくて。でも、寺田さんからいきなりクリープハイプという名前が出てきたんです(笑)。
――いきなりですか(笑)?
佐藤 僕が「誰がいいかな?」と考え始めたあたりで「クリープハイプはどうですか?」と先に言い出すから、「それはもう決めているようなものじゃん」って思って(笑)。
寺田 いや、まずは音楽のイメージとしてクリープハイプさんっぽい音が浮かんでいたので、一度曲を聴いてもらおうと思ったんですよ(笑)。
佐藤 もとをたどれば、「あさがおと加瀬さん。」をやり始める前に寺田さんから「私たちのハァハァ」という日本映画を薦められたことがあって。その映画もクリープハイプを追いかけるファンの物語だったんです。そこまでイメージがあるんだったら、今回は寺田さんにおまかせしますという感じでした(笑)。
寺田 佐藤さんと話しているのと同じタイミングで、原作側の皆さんにも音楽の方向性の例としてクリープハイプさんの名前を出していたのですが、ちょうど原作者の志村(貴子)先生からもクリープハイプで好きな曲があるというお話を伺って。自分以外からもそういった話が出てくるのであれば、具体的に可能性を探れないかと考え始めたんですよね。
佐藤 今回結果的にそれがうまくハマったと思うので、幸せな現象ですよね。僕としてもこういう劇伴専門じゃない方がアニメのサウンドトラックをやるというのも、実例としてもっと増えていけばいいなという気持ちもあったんです。
寺田 諸事情あって最初は劇伴だけでオファーをさせていただいたので、クリープハイプさんも驚いたみたいです。初めての映画劇伴オファーで、しかもアニメという。
佐藤 そうですよね(笑)。
寺田 劇伴を受けていただけることになって、クリープハイプの尾崎世界観さんと打ち合わせををしていくなかで、「主題歌も一緒にやりたい」というお話を逆にいただいたんですよ。座組的にいろいろ大変な調整はあったんですけど、関係各所が「志村貴子×クリープハイプ」というクリエイティブの組み合わせに興味を示してくれて。多くの方の協力や理解があって、特別にこの形が成立しました。
「あさがおと加瀬さん。」本予告
――もしクリープハイプの主題歌が実現しなかったら、前2作と同じようにキャラクター名義でカバーした楽曲がエンディングで流れることになっていた?
佐藤 キャラソンのカバー曲というのは、今回はさすがに寺田さんも考えていなかったんじゃないですか?
寺田 今回はアーティストによる楽曲がいいなとは思っていたんですけど、劇伴がクリープハイプで主題歌は全然また別のアーティストが出てくるというのは、見え方的に繊細な問題だなとは思っていて。だから一応僕の中の妄想レベルでは、1番手のえっちゃんによるクリープハイプ曲カバーをさせていただけないだろうか、とかは考えていたんですけど、結果クリープハイプさんに主題歌までお願いできてよかったです。ちなみに、えっちゃん役の花澤(香菜)さんはクリープハイプがもともと好きだったらしいです。
佐藤 それ聞いて、意外でしたね。
寺田 昔からよく聴いていたみたいです。「カバー曲とかも自分のなかでは妄想していたんですよね」という話をしたら、「やってみたかった!」と言っていました(笑)。
――この対談の前編で「音楽をスパっと外したり、効果音をなくしたりすると映画っぽくなる」というようなお話もされていましたが。
寺田 音響的な話でいうと、3本とも5.1chでつくっていますが、「どうにかなる日々」だけあえてサラウンド感がないようにしていて、後方のスピーカーはあまり目立たせていません。澤先生の夢のシーンや全体のラストとかは後ろも目立っていますが、基本は3.1chくらいの印象なところが多いと思います。
佐藤 雨の音などで5.1ch的な効果を少し使ったりしているけど、それ以外はなるべくセンターで……ということはやっていましたね。
寺田 普通に考えて、5.1chをしっかり使ったほうがわかりやすく映画的な感じになると思うんですけど、そうじゃなくてセンターがいいんだみたいな、こだわりの強い映画オタクみたいな話をしていました(笑)。
佐藤 「あさがおと加瀬さん。」のときには、予算的にもし5.1chでの制作が無理だということになったら、あえてステレオではなくモノラルでやりませんか?という提案をしたこともありました。モノラルで、中央から音がくる安定感。あれを劇場で聴かせたいなと思って。普通の2.0chで何となくTVで見ているのと同じような感じになるくらいだったら、「これは違うな」と思ってほしかったんですよね。
寺田 クラシック映画的な感じで個人的には好きなんですけど、ちょっとミスっぽくも聴こえるだろうなと思ってやめました(笑)。とはいえ結果的には5.1chで制作できたのでよかったです。
――各作品に登場するキャラクターたちも印象的でしたが、キャスティングについてはどのように考えていたのでしょうか?
佐藤 キャスティングは、「あさがおと加瀬さん。」ではまず加瀬さんを先に決めて、その掛け合い相手としてしっくりくる人を選ぼうという感じでした。加瀬さん役の佐倉(綾音)さんが先に決まって、その次に加瀬さんの声がある状態で山田のオーディションをして、一番相性が良さそうだった高橋(ミナミ)さんに決まったという流れです。
寺田 「フラグタイム」の場合はどちらかが先に決まるというより、最後まで2人の組み合わせとして迷っていました。結果、森谷役が伊藤美来さん、村上役が宮本侑芽さんという組み合わせが、作品としてベストだろうという話になりました。
佐藤 方向性としては、どちらの作品もあまり演技しすぎないというか、力を抜くシーンではちゃんと力を抜く。そういう演技がきちんとできる人にお願いしたいというのは両方とも共通してあったテーマでしたね。
寺田 皆さん、真摯に役と向き合ってくれていました。
佐藤 流れでいうと、その最たるものが「どうにかなる日々」で、キャリアのある声優さんたちに集まってもらって、そのうえで「あまりやりすぎないでくれ」という話をしました。みんながそれぞれのやり方でこたえてくれて、あの演技の密度の濃さというのは「フラグタイム」までの経験がないと、こちらも要求できなかったと思います。そういう意味では、音響に関しては「どうにかなる日々」が3本のなかの集大成でしたね。あと、「どうにかなる日々」は各役者さんの収録が終わった後にもう1コーナー、「『今だから言えるけど』というテーマで勝手にしゃべってください」とお願いして、ひとり1分~2分くらい、全員にいろんなバリエーションでしゃべってもらいました。実はオープニングで街の雑踏に紛れ込ませている声がそれなんですよ。
「フラグタイム」本予告
――それはぜひBlu-rayやDVDで見返して確認したいですね。
寺田 あとは、この3本について本編外のところからもお話すると、特報・本予告のPVをキュー・テックの小西(夏生)さんというディレクターの方に3本通してつくっていただきました。最初にお願いした「あさがおと加瀬さん。」ですごく繊細な映像をつくっていただいたので、その流れでまとめてお願いしたいなと思いまして。先に曲をお渡ししたうえでテロップワークも含めた構成を全て組んでいただいたのですが、3作通して「上品さ」的な共通点がありつつ、「あさがおと加瀬さん。」では柔らかさ、「フラグタイム」では緊張感、「どうにかなる日々」では日常の暖かさ+苦さ、といったような各作品のニュアンスまでしっかり映像に入れ込んでいただきました。また、タイトルロゴやポスターなどの宣伝デザインでは、こちらも3作通してarcoincさんというデザイン会社に担当していただきました。arcoincさんは「あさがおと加瀬さん。」の原作コミックスのデザインをされていて、その流れでアニメ関連のデザインもお願いしたのが最初だったのですが、その後の作品含めてどれも品のいいデザインでまとめていただいて。プロジェクトの見え方的な部分で、すごく後押しをしていただいていました。
佐藤 僕もarcoincさんのデザインセンスが好きで、「どうにかなる日々」では本編の各エピソード前に出るアイキャッチまでつくっていただきました。最終的に重要な映像の部分までかかわっていただけたというのがうれしかったですね。
「どうにかなる日々」本予告
――本日は貴重なお話をたくさん聞かせていただき、本当にありがとうございました。最初にお話されていた「アニメ映画をつくりたかった」というお話が私の中で非常に腑に落ちるものがありまして、この3作品を見終わった後に作品や登場人物たちがたまらなく愛おしくなる感情の正体は何だろう?という疑問の答えが、それだと思ったんです。決して派手ではないけれども、登場人物たちの息遣いや生活している空気が伝わってくる感覚。だからこそ登場人物の抱えている悩みや葛藤を自分のことに置き換えて考えることもできる。絵の表現だけでなく、音楽やお芝居などいろいろな角度から作品に没入できるのが、まさに映画的だと思いましたし、これからも新しい作品がつくられることを期待しております。
佐藤 前提として、この3本で終わろうというわけではないですからね。どしどしリクエストをもらえれば、もっと新鮮な「こういう作品も日本のアニメでつくれるんだ」というものを提示できるチャンスがあるかもしれないので、ぜひ皆さんの声を聞かせてほしいです。とはいえ、見てくれた人に楽しんでもらえることが僕らはいちばんうれしいので、そのあたりはほどほどに、無理しないで楽しんでもらえたらいいなと思います。
【取材・文:仲上佳克】