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独特の世界観のなか、人間と特異進化生物B.R.A.Iの命を懸けた戦いが描かれる、現在放送中の「重神機パンドーラ」。今作にて監督を務められる佐藤英一さんに「パンドーラ」の世界づくりの裏側、そして今作に込められる思いについてをお聞きしました。
――今回「重神機パンドーラ」の舞台は、2038年の近未来。この世界をどのように描こうとお考えでしたか。
佐藤:「我々の視点から見ると、いまの中国がすでに未来社会のように見える」というのが大きかったですね。日本では「もう少し時間がかかるかな」と思っていたことがすでに目の前にあったんです。ただし、今回は現在の中国をそのまま描こうとしているわけでも、未来の人々のメンタリティを描こうとしているわけでもありません。私の中では、あくまでも「今=現代」を描こうとしています。我々が今まさに、直面している問題をどう描くか。そこが今回のテーマですね。
――皆さんが「未来」を感じた中国の都市は、劇中にも登場しているのでしょうか。
佐藤:「パンドーラ」の舞台であるネオ翔龍のモデルは、中国の重慶なのですが、単なる架空の未来都市をつくるわけではなく、重慶をモチーフにこの作品にふさわしいかたちで進化させた都市をつくっています。
――絶対防衛都市とはどんな場所なのでしょうか。
佐藤:これまで人類は自然を開拓して、自分たちの生存領域を拡大してきました。でも、そんなときに今の我々の科学力では太刀打ちできない新たな脅威「B.R.A.I」が出現してしまった。圧倒的な力を持つ猛獣に人間が対抗するためには、規模の大小を問わず集団でまとまる必要があった。つまり、絶対防衛都市は現代社会の延長線上にできたものではなく、驚異から身を守るために集まらざるを得なかった原始社会に近い。中世の都市国家のようなものですね。
――特異進化生物が生まれたり、人類は世界各地にある絶対防衛都市に籠ったりしている。2038年はあまり明るい未来とは言えそうもなさそうですが……。
佐藤:そこがひとつの問題提起をしたいところでもあります。「未来もの」のSFを描こうとすると、すぐに「ディストピアもの」の文脈で受け入れられてしまいがちなんです。日本に限らず世界中でそういう反応があるように感じています。しかし、今回はまったくそういうふうには表現していません。人間はバイタリティさえ失わなければ、ディストピアには向かわないと思いますし、人間性を失うということもないと思うんです。ですから、エネルギーの供給が充分でないはずのネオ翔龍が光を煌々とたたえるという風景は、はっきりと意図的に描いています。どんな逆境に陥っても、人は簡単には折れたりしない。前を向いていないと未来は創れない。たとえ絶望的な状況でも人は絶望しない。そういう問いかけでもありますね。今回は「『翔龍クライシス』のような苦境にあってなお、人々は前を向いて頑張っていく」という世界を描こうと考えています。
――レオン・ラウという主人公はロボットアニメ的には異色ですよね。研究に没頭していて、生活力がまったくないという……。
佐藤:私的には好感がもてる主人公ですね。ただ内向きなわけでもなく、他の人とコミュニケーションを断とうと思っているわけでもない。ただ、他人の目を気にしていないキャラクターなんですよね。もしかしたら結婚式にジャージを着ていってしまうような、そんなコミカルさがあるんです。実は彼のキャラクターを作っている時のキーワードのひとつが「SHERLOCK(2010年からBBCが製作している現代翻案版『シャーロック・ホームズ』)」でした。あの作品に登場する主人公のシャーロックは周囲の人間を小馬鹿にしているところがあるんですが、今回のレオンはそういうわけではなく、先ほどのテーマを形にする意味で、前向きな意志を持った人物として描きたいと思います。従って、別に他人を小馬鹿にしているわけではなく、今の彼にとっては研究が第一義だから、人と交流しない……という感じです。個人的にはシャーロックよりも、金田一耕助に近いかな(笑)。当初のシャーロック像からは大分変わってしまいましたが、「SHERLOCK」の要素はその後各キャラクターに振り分けました。
――特殊部隊パンドーラのメンバーにも、「SHERLOCK」要素があるんですか?
佐藤:パンドーラのメンバーを見ると、みんな人付き合いが悪そうですからね(笑)。実際に会ったら面倒くさそうな人たち、みたいな印象があります。ただ、彼らは人嫌いなわけではなくて、それぞれがプロフェッショナルで各分野のエキスパートだから、他分野にあまり関わらない。そこが今回のパンドーラのメンバーの基本にあると思います。
――パンドーラのメンバーで佐藤監督が注目している人物は?
佐藤:クイニー(・ヨウ)とダグ(・ホーバット)ですね。前半の話数で抱いていたイメージが、中盤になってどんどん覆されていくと思います。その展開を楽しんでもらいたいですね。総監督である河森(正治)さんの作品は常にトライアングル(三角関係)があって。「マクロス」シリーズだと恋愛面の三角関係が中心になっていますが、今回は恋愛ではなくそれぞれの分野のプロフェッショナルとしてレオン、クイニー、ダグといった3人が交錯する。そういう意味では河森さんにとっても意欲作になっていると思います。あとはジェイ(・ユン)ですね。彼は姫(セシル・スー)の秘書官で官僚なんです。優秀な官僚ではありますが、パンドーラのメンバーたちのように前線に立つことができない。何もできないけど、やらなくてはいけないことがたくさんある。そんなジレンマを抱えた彼が、レオンのような社会規範から外れた男にネオ翔龍の未来を託さなくてはいけない。そんな葛藤を抱え続けています。そこは描いていて本当に面白いところです。ジェイ役の梅原(裕一郎)さんは僕が監督をしている作品に出演すると、いつもそんな役どころなんですが(笑)。今回もそこは楽しみながら描いているところです。
――この「パンドーラ」をどのように楽しんでほしいですか?
佐藤:先ほどお話ししたように舞台は現代、登場人物もリアルに近いドラマを描いていますので、視聴者の方々との距離が近い作品になっていると思います。現代を生き抜くにあたって、これから起きるかもしれない出来事を予感させる内容になっていますし、それぞれのキャラクターがぶつかり合うドラマも楽しんで頂ければ、監督としてこれ以上ない喜びです。
取材・文:志田英邦