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あてもなく、気ままに諸国を旅する少女・イレイナ。行く先々でさまざまな文化や慣習に触れ、幾多の人と出会いを果たしますが、旅人である彼女は決して一か所に留まることはなく、再び旅の途へと戻っていきます。これはまだ若き魔女の、出会いと別れの物語――。
現在放送中の「魔女の旅々(魔女旅)」は、原作・白石定規さん、イラスト・あずーるさんによる同名の連作短編式ファンタジーノベルを原作としたTVアニメです。WebNewtypeでは本作の魅力を掘り下げるべく、スタッフやキャスト陣へのリレーインタビューをお届けしています。連載第11回は、コンセプトデザインの内尾和正さんにお話をうかがいました。
――最初に、内尾さんが今回担当されたコンセプトデザインという役職について教えてください。
内尾 映画やアニメなどの映像作品の制作は大人数になります。そんなときに、大勢のスタッフがイメージを共有できるようにするために描くものが、コンセプトデザインやコンセプトアートと呼ばれるものになります。「魔女の旅々」は小説の映像化になりますので"文字を視覚化する仕事"とも言えますね。
――内尾さんのお名前はビデオゲームの背景美術としてお見かけしますが、TVアニメのオファーを受けていかがでしたか?
内尾 2001年のCG映画「ファイナルファンタジー」のお仕事をいただいたのをきっかけにビデオゲーム業界とのご縁ができて、お声がけをいただくこともあるようになりましたが、僕はそもそも広告業界をメインフィールドとするイラストレーターで、独立して40年になります。(自分の描いた)絵が動くというのはやはり絵描きにとっては醍醐味ですから、今回、早坂(一将)プロデューサーにお声がけいただいてアニメ制作のお手伝いができたのはうれしかったですね。
――「魔女の旅々」という作品に触れてどのような印象を抱かれましたか?
内尾 イレイナというキャラクターも物語も奇抜といいますか、きれいごとだけではなく、人の心の闇のようなものにもスポットが当たっているのがすごくおもしろく、魅力的だと感じました。そんな作品の世界を設計できることはとても楽しく、やりがいがあるだろうなと。
――コンセプトデザインは具体的にどのような流れで描かれたのでしょうか。
内尾 まずは窪岡(俊之)監督、早坂プロデューサーと3人で打ち合わせをして、監督が思い描くイメージや求めるものをうかがいました。コンセプトデザインは、それを元にして僕の持つ世界観をそのまま乗せてよいというお話でしたので、それらを融合させて構築していきました。
具体的には、中世ヨーロッパ風であることをベースに、窪岡監督からいただいた"山岳地方の都市"、"地中海沿岸風の街"などといった大まかな方向性を守りつつ、あとは僕のイメージで自由に描かせていただいています。"魔女の旅"という題材は空想に基づくものですから、建築様式や国、時代設定などは敢えてあまりこだわらないようにしました。
――本作の公式サイトには、内尾さんが手がけられたコンセプトデザインにキャラクターを乗せたビジュアルが8枚掲載されています。どれもキャラクターのみならず、美しい背景が目を引きますね。
内尾 公式サイトに掲載していただいているのは一部で、全部で20数枚ほど描きました。「魔女旅」の世界を僕自身が旅しているかのように、楽しみながら描けましたので、すべてがお気に入りですね。
――公式サイトに掲載されているものの中で、特に印象に残っているものはありますか?
内尾 魔女が箒に乗って自由に空を飛んでいる世界のお話ということでしたので、「大都市の上空には魔女が城門を通らず入れないように、目に見えない障壁があったりするのかな」とか、「気軽に空を飛ぶのなら、屋根の上にも道しるべがあるだろう」とか、「バルコニーが玄関のように使われることもあるかもしれない」などと想像を膨らませながら描きました。
そういえば、幼いイレイナが描かれている絵の背景は、当初はもっと魔女っぽい、おどろおどろしい雰囲気のものでしたが、それを窪岡監督にお見せしたら、「一見して魔女とは分からない感じ、かつちょっと裕福な感じでお願いします」と言われて今のように直しました。
――床の敷物の刺繍や暖炉の意匠などに、魔女っぽさが垣間見られますね。
内尾 コンセプトデザインは制作スタッフのみなさんの意気を上げるためのものという一面もありますので、これを見て少しでも喜んでいただけたらという思いで、そうしたモチーフや隠し絵などもさまざま仕込みました。
また、今回のお仕事は著作権を僕に残していただけていますので、今は描いた絵の中で特に僕の世界観に近い物を自分流に描き直しているんです。出来あがったら、展覧会などでみなさんにお見せできたらいいのかなと思っています。ついつい力が入ってしまい、大きなものは3~4メートルサイズになっているんですよ。
――楽しみにしています! 内尾さんはこれまでにも多数のファンタジーアートを手がけておられますが、架空の世界や生き物を描く際に念頭に置いていることはありますか?
内尾 先ほど僕は独立して広告業界で仕事をしているとお話しましたが、そこではさまざまなクライアントからお仕事をいただくことになります。ときには企業ではなく、個人の方からご依頼をいただくこともありました。依頼の内容もさまざまで、写実的な絵を求められることがあれば、ポップアートのような絵を求められることもあります。そして、そういう風に仕事をしていると、一番時間がかかるのは資料探しなんですよね。
なので、効率よく仕事をするには一度やった仕事、一度調べた資料はすべて頭に詰め込んでいくしかない。そうやって続けていくうちに、マテリアル、質感、シズル感、動物の毛並み、風景……さまざまなものを資料を見ずに描けるようになりました。前置きが長くなってしまいましたが、ご質問にあったようなオリジナル作品を描くときに念頭に置いていることは「絶対に資料を見ない」ということですね。空想画ですし。
――内尾さんの公式サイトでいくつか作品を拝見させていただきましたが、何も見ずに描かれるのですね。これまでに影響を受けた作品や画家はありますか?
内尾 あまり影響を受けることはないです。元々、僕は誰かに影響を受けてこの世界に入ったのではなく「自分が食べていけるのはこの世界くらいしかないのかな」と思ったからなんですよ。
――業界に入られたきっかけは、あくまで仕事として選んだからなのですね。
内尾 昔は小学校の先生になりたかったのですが、大学受験に失敗してしまいまして……(笑)。では何を仕事にして、どうやって食べていけばいいだろうと思ったとき、そういえば小さい頃はよく絵を描いていたなというのを思い出し、専門学校に入学しました。本格的に絵を描き始めたのはそこからですね。あくまで食べる手段としてでしたので、美大はまったく選択肢にありませんでした。
――ありがとうございます。インタビューする方全員にお聞きしているのですが、イレイナのように旅をするなら行きたいところはありますか?
内尾 実は20代前半の頃に、かなり長い間ヨーロッパを気ままにぶらぶらしていた時期がありまして。見たいものはその時に大体見つくしたかなぁと(笑)。それに、旅行や旅は、基本的には仕事をしていてたまった欲求を解消するためとか、楽しむために行くものだと思いますが、そういう目的なら僕は絵を描いているのが一番楽しいんですよ。今風に言うなら、絵を描くことで想像の世界にリモート旅行しているんです。先ほどお話した映画の「ファイナルファンタジー」制作時も、ハワイにスタジオがあったにも関わらず僕は色白になって帰ってきたくらいですので。
――観光するよりも気晴らしになってしまうと。それだけ楽しみながらお仕事をされているのですね。先ほど、小さい頃によく絵を描いていたことを思い出したとお話されましたが、どんな絵を描いていたのでしょうか。
内尾 小さい頃は水木しげるさんや松本零士さんのマンガがとにかく好きで、よくマネして絵を描いていました。当時夢中になって読んでいた「ゲゲゲの鬼太郎」や「銀河鉄道999」などはどれも本当に自由闊達な世界を描いておられて、想像することはこんなに楽しいことなのかと教わった気分です。今にして思えば、これらの作品が絵の世界に入るきっかけとなってくれたのかもしれません。
――それでは最後に「魔女旅」のファンや視聴者にメッセージをいただけますか。
内尾 繰り返しになってしまいますが、きれいごとだけではなく、人の負の側面もしっかり描くのが魅力的な作品ですよね。ですので、僕の描いた絵は気にすることなく、これからもストーリーやキャラクターを楽しんでいただければと思います。
TVアニメの制作は決められた期間に膨大な分量を仕上げる必要があり、その過酷さたるや、同じ絵描きとして察するに余りあるものがあります。僕の絵が制作スタッフのみなさんにとって少しでも足しになっていれば……そしてその結果として、この魅力的な想像の世界に少しでも現実味を与えられていれば、それに勝るものはありません。
次回の「魔女の旅々」リレーインタビューは、サヤ役の黒沢ともよさんとシーラ役の日笠陽子さんのお二人にお話をうかがいます!