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Dolby Cinema™版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』公開記念・富野由悠季インタビュー『逆襲のシャア』で悔やまれること/『閃光のハサウェイ』は「船頭が2人いたら作品はダメになる」

1988年に公開され、今なお色褪せない名作と名高い映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』。33年の間、幾度となくリバイバルされてきた本作が、4月2日(金)よりDolby Cinema™のフォーマットで上映されることが決定した。アムロとシャアの最後の戦いを描き、5月7日(金)から公開される『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』へと続く物語でもある。試写後の富野由悠季監督に、Dolby Cinema™版の感想から、当時の振り返り、作品への思いなどを聞いた。

Dolby Cinema™版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の公開を記念して、インタビューに応えてくれた富野由悠季さん
Dolby Cinema™版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の公開を記念して、インタビューに応えてくれた富野由悠季さん

作品は褒められないが、ガンダム再生チームのワザは世界一


「過去の古いフィルム作品をデジタル化する作業に関して、“ガンダム再生チーム”は世界一かもしれません」(富野由悠季 以下同)

インタビューの開口一番、こう語る富野監督。過去にもHDリマスター、4Kリマスターで復刻されている『逆襲のシャア』だが、リマスター化にはフィルムを取り込み、デジタル映像・音声にするという工程が不可欠になる。色味を調整するカラーコレクション、音声データを分解し、チャンネルごとに振り分けるという作業。技術もさることながら、正解のポイントを探る感覚値も問われるところだ。作品の監督ならば仕上がり具合は気になるところのはずが、富野監督は「僕はノーチェック」と言い切る。そこには監督が言う“ガンダム再生チーム”への大きな信頼があった。

「4年前にも『逆襲のシャア』はリマスター化されていて、そのときを最後に監修するのを止めました。なぜかと言うと、担当スタッフたちは『逆襲のシャア』以外にも、何作もリマスター化を手掛けているプロフェッショナル。技術論、感覚論もふくめて“ガンダム再生”に特化されたチームなんです。僕みたいな古い人間が口を出す隙間は一切ありません。昔のフィルム時代の色を知っている人がきちんとバトンを渡していって、今の世代が新しいデジタルでの色味を乗り移らせてくれている。

他の復刻作品を目にしたときに、むしろ劣化感が見えるときがあるけれど、『ガンダム』の再生はなまじのものではありません。これはとても威張れることで、威張れるんだけど、僕の仕事ではない。だから、再生のことだけを褒めます。作品自体は長い話で、繰り返し戦闘シーンばかり出てくるもので、本当に申し訳ないなと思います」

そもそも富野監督は自己の作品を滅多なことで褒めることはない。それに加え、自己評価の低さに明かした理由のひとつは、『機動戦士ガンダム』のアニメーションディレクター・安彦良和の不参加にあった。

「安彦くんの絵だったら、もう少し優しい印象になったと思うんです。シャアはこんなにも無機質ではないんだよなって。安彦くんの線はやっぱり優しい。ナナイにしてもクェスにしても、安彦くんのシャアであったなら惚れたと思います。けれど、今の無機質なシャアには惚れません。これは30年経ったから言えることで、本当はリアルタイムで言いたかったことです。

僕としては残念だけど、安彦くんが参加できないのなら仕方がない。劇の組み方に気をつけて、女に好かれる男とはどんなだろうとずっと考えて、本当にずっと考えて演出していました。その結果はある程度現れているから、合格点とは言えませんが、55点くらいはあげてもいいなと思います。それに、安彦くんの手ではない、成長したアムロとシャアのイメージが好きだという声も聞きます。ララァをちゃんと救っているという見え方もあり、ファースト(機動戦士ガンダム)が好きな方は留飲が下がったという思いがあるのでしょう」

加えて、絵のこと以上に悔やまれるのはサイコ・フレームの扱いについてだという。「もっとうまく描くべきだったサイコ・フレームの存在、力をああいう風にしかできなかったのは、かなり無様だなと思います」と振り返る。

「でもね。そうは思いながらも、あれ以上のアイデアがいまだに出てこない。今日見ていても、『しょうがねえな』となってしまいます。そういう意味では誤魔化して逃げたという感触がものすごく強いんです。とは言え、誤魔化しながらも終わりの形は作り、そのための“必殺兵器”が赤子の産声です。

最後に子供を産ませる。これのおかげでその前のなんだかよく分からない部分が全部チャラになる。ですから、これは承知でやっています。そうしなければ終わりようがなく、逆にオチを決めたら今度は途中がどうでもよくなってしまった部分もあります。それが透けて見えてしまうから、見ると本当に嫌な気持ちになってくるんです」

富野監督の言葉は隠すことなくストレートだ。

「昔からのファンには申し訳ないですが、新しいファンに向けて『見てください』とは言えません。映画としてはお薦めできるものではない、というのが僕にとってのこの作品です」

映画は楽しく見てもらうものでありたい


富野監督はお薦めできない映画というが、2時間という長尺に対して、スピード感を保ったまま一気に見られるのが『逆襲のシャア』という作品だ。これは演出の妙だろう。古さも感じさせない。

「演出に関してだけは本当にうぬぼれています。ですが、当時は徹底的に周囲から嫌われました。話が早すぎてなんだか分からないということです。けれど、僕にしてみれば映画、特に戦争ものはこのテンポでやらなければいけないという計算がありました。だから、『ほら見ろ』って。30年経ってもファンがいて、こうやって再生されているじゃないですかと」

映像のテンポについては、映画作品に限らず富野監督が常々言及する部分でもある。「最近のアニメはほとんど見ていない」という前置き付きではあるが、『鬼滅の刃』『ONE PIECE』はテンポが見える作品だと感心の言葉を送る。

「だけどひとつだけ。こうまでファンタジーでいいのかなっていうことが、僕の年代では分かりません。例えば僕は『指輪物語』が見られないんですよ。どうしてかというと、ファンタジー世界の同じようなキャラが同じようなことをやっているから。ここまで手間をかけてCGワークをやって、『これでいいのか』という気がしてなりません。映画はもう少しだけファンタジーでないほうがおもしろい。

そういう意味でいうと、最近気になっている日本映画がひとつあります。『火口のふたり』という作品で、見ようかと考えて、「いいや、見たくない」と1年考えています。ファンタジーとは対称に、リアルだからいいのかと思う作品。なにを伝えるかにもよるけれど、僕は、映画はもう少し楽しく見たいと思います。『火口のふたり』、YouTubeで本編予告が見られますから、気になる方は見てみるといいでしょう」

僕の中で戦記物は『∀ガンダム』で終わっている


巨大ロボットものも大いにファンタジーだが、富野監督が作った『ガンダム』には“戦争”をワードに近代的世相がドラマとして常に取り入れられ、それがファンタジーを忘れさせるリアリズムを生んでいる。公開を控える映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』も、現代社会が抱える環境問題、冷戦以後のテロ事件が重なるドラマとなっている。原作小説は富野監督が30年前に執筆し、そのときから現在の状況を予見していたことになる。現在、村瀬修功の監督で制作されている同作について聞いたのだが……。

「村瀬くんとはサンライズの同じスタジオにいますが、内容は一切知りませんし、口も出していません。これには僕なりの考えがあって、船頭が2人いたら作品はダメになるんです。端的に分かる映画をひとつだけ、『スパルタカス』です。あれは元の監督が降板して、途中からスタンリー・キューブリックが撮った作品。編集にキューブリックは付いていない。だから、本当にひどい映画になっている。作品クレジットでは「監督:スタンリー・キューブリック」になっていますが、キューブリックは自分の監督作ではないと言い切っています。監督が編集に立ち会わないとフィルムも変わるという、典型的な例の作品です。『ボヘミアン・ラプソディ』のように監督が代わっても素晴らしく仕上がった作品もあるので頭ごなしに否定するわけではないですが、基本的には船頭が多いのはダメです」

『閃光のハサウェイ』映像化の際は、「なぜ自分にやらせないのかとても不思議に思った」と話すが、同時に、20年経って『ガンダム』に戻ることはできないという気分だったとも。そこには、「『ガンダム』という戦記物は、自分の中では『∀ガンダム』で終わっている」という気持ちがあった。

「『∀』後の作品、『Gのレコンギスタ』は一見、戦争ものなんだけど、戦記物ではなく、戦争に耐える余力は地球にはもうないという話です。この言い方が分かりにくかったら、3隻目の空母を造っている中国は、それに戦闘機を積んで、どこを爆撃するのかという話。台湾がある? 中国大陸から台湾に空母を出す意味などありません。わざわざ太平洋側から回り込んで日本を攻撃するというのなら、まあ、多少必要に見えるかもしれない。けれど、横須賀を攻撃した瞬間、世界は中国をどう見ますか? 攻撃する(できる)敵などもういないんですよ。米軍はアフガニスタンから撤退し、ベトナム戦争は10年戦っても勝てなかった。そういう前史があるのに、なぜ空母を造るのか」

国威発揚、軍事バランスが世界の均衡を保っているという言い方もあるが、富野監督は軍事力で考える政治論というものを、もっと本気で懸念して考えてほしいと話す。

「最近、中東で実戦的な極地戦が起こっていて、そこで使われたのがドローンです。ドローンで偵察して、それで見えたデータで攻略した。つまり、もう戦車もいらなくなったわけ。ドローンを飛ばし、ミサイルを撃てば勝ち。本来、殺し合いというものはこういう効率化を考えるもので、戦車で攻めたって丸見えです。それなのに空母などどうやって極秘運用しようというのか。空母を出して、戦闘機を飛ばした瞬間に負けなんですよ」

最後に、こう締めくくった富野監督。

「昔のような戦闘シーンというものは、もう『ガンダム』のようなものでしか見られないものになっているわけで、だからガンダム人気はこれ以後もずっと続くのでしょう。ガンダムはあと30年は戦える!」

Dolby Cinema™版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が2021年4月2日より劇場上映決定!
Dolby Cinema™版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が2021年4月2日より劇場上映決定!(C)創通・サンライズ


【取材・文:鈴木康道】

Dolby Cinema™(ドルビーシネマ)版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』
4月2日(金)より全国7館にて劇場上映

●4/2(金)~4/15(木) 計6館
MOVIXさいたま/T・ジョイ横浜/ミッドランドスクエア シネマ/MOVIX京都/梅田ブルク7/T・ジョイ博多
【鑑賞料】:2400円均一 ※Dolby Cinema™鑑賞料金含む

●4/2(金)~5/6(木) 計1館
丸の内ピカデリー
【鑑賞料】:2500円 ※Dolby Cinema™鑑賞料金含む
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