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「この世界の片隅に」公開直前!片渕監督SPインタビュー【前編】

11月12日(土)より全国公開される劇場長編アニメ作品「この世界の片隅に」。こうの史代先生原作の同名作品を、「名犬ラッシー」「マイマイ新子と千年の魔法」「BLACK LAGOON」など数々のアニメーション作品を手がけてきた片渕須直監督が実力派スタッフと共に作り上げた入魂の1作です。

平穏な日常を生きる主人公・すずを中心に、人々の日常が戦争という非日常に突入していく時代を描いた本作は、今ある“何事もない日常”を生きる私たちに、本当に大切な物とは、生きることの意味とは何なのかを強く訴えかけます。

今回は公開直前のお忙しい中、片渕監督にインタビューする機会をいただきました。WebNewtypeではその模様を3回に分けてお届けします。

長期にわたる準備期間を経て公開を迎える今の心境、そしてこの作品に込めた想いとは――。

■この作品なら、全部がきちんとした形でやりとげられると思った

――こうの先生の原作を片渕監督が映像化したいと熱望されたことが映像化のきっかけとのことですが、そこまで映像化したいと思った熱意の根源や理由はどういったものだったのでしょうか?

ご飯を作るとか着物を仕立て直すとか、そういう細かい日常を描くというのをずっとやってみたかったんです。過去、自分の作品でも何回かそういったことを描いたことはありましたが、「この世界の片隅に」だったら、自分がやりたいと思っていたことが、全部きちんとした形で成し遂げられると思ったんですね。

――作品を拝見して、その“きちんとした形”が詰まった映像になっていると感じました。膨大なデータリサーチが必要だったと思いますが、いつ頃から作業を始められたのですか?

2011年の東日本大震災の時に僕たちがいた仕事場もかなり揺れたのですが、その時に後ろの机に山積みしていた作品の資料が、どさーっと僕の上に崩れてきて大変だったのを覚えています。なので、それより前、おそらく2010年の夏から秋ぐらいにスタートしていたと思います。なので、半年ちょっとでそれくらいの資料を集めたんですね。

当然、その後も資料を集めるのは続き、作品を作っていて少しでもわからないことがあれば古本屋さんで「これは参考になりそう」という本を片っ端から集めました。背表紙に呉に関係がありそうなタイトルがあるだけ買ってきては、そこから1行でも読み取れれば……と探し回ったりしたんですよ。最終的には呉の土壌とか植生とか、そういうところまで調べたんです。

――技術者である円太郎(周作の父)の描き方からも、相当にこだわりをもって映像が作られたのだと感じました。

円太郎さんは原作にあるとおり、呉の隣町である広にある第十一航空廠の発動機部で仕事をしているんです。朝帰りをすることがかなり多いようなので、開発や設計ではなく生産現場というか、とにかくやっかいな現場にいるんだろうな、と。そんな現場で何を作っていたのかなって思っていたら、お父さんの部署が紫電改のエンジンである“誉”を作っている所だとわかって。それで呉空襲の日には紫電改飛ぶんですね。そこから、原作では年表で説明されていたお父さんの気持ちが映像で語れると思ったんです。自分たちにとってあの音は夢であるって彼は言っていますが、それが描けるのではないかと。

なおかつ、これはたまたまなんですが、僕は航空ライターでもあるので、その仕事で集めた資料もかなり持っていて。終戦の時にお父さんが焼く誉発動機の設計図は本物からトレースしたものですが、ただトレースした新品の図面ではなく、技術者が赤鉛筆で書き込みを入れまくったものになっています。そういうものが終戦で燃やされたんです。

――そうやって作り上げた世界観を映像化するにあたり、スタッフの方も実力派の方が多数参加されていますよね。

はじめは浦谷さん(編補:監督補・画面構成を務めた浦谷千恵さん)と2人でずっと準備を進めていたんですね。彼女が呉や広島の風景を描いたり、資料でまとめたものを形にする作業をしていたのですが、それと同時に生活史みたいなのを調べて――例えば風呂敷の包み方とか――そういったものまで勉強してくれました。ただ、準備だけだと生活ができないので(笑)、他の仕事もやらなきゃいけないじゃないですか。そんな時にNHKから「花は咲く」という作品の依頼をいただいてお引き受けしたんです。

「花は咲く」も日常が舞台の作品なんですが、そこにたまたま松原秀典さんが原画で入られてて、とても細やかに日常生活の描写をされていて。こちらの絵コンテでは通り一辺倒のものしか描いていないのに、すごい密度があって情感豊かな原画を描いてくれて、この方にはぜひ参加してほしいなあ……って思い、お声がけをしました。

――こういう言い方は語弊がありますが、すずさん、色っぽかったです。

こうのさんの世界は一見地味なようですが、そうではなくて。女性の魅力をこういう風に描きたいって想いをきちんと持っている絵なんですよ。その魅力を探り出すやり方をしてくれる人がいいな、と思っていたのですが、松原さんの手腕は見事でした。

――動いている様子がとても自然で、絵ではなくて生きている人だという印象を強く受けました。

それはキャラクターの動かし方でそういう風に感じられたんだと思います。ポーズを変えて止まり、またポーズを……というアニメーションによくあるやり方をやめて、ほとんど1カットの間、頭で動き始めたら最後までずっと動きっぱなしにしています。

日常感を出すために、普通のアニメーションならば無視して省略してしまうような細かい動作、仕草ともいえないような身じろぎみたいなものまで、できる限り描いているんですよ。<中編に続く>【取材・文=小川陽平】

■劇場アニメ「この世界の片隅に」
公開  :11月12日(土) テアトル新宿、ユーロスペース他で全国ロードショー
スタッフ:原作…こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)/企画…丸山正雄/監督補・画面構成…浦谷千恵/キャラクターデザイン・作画監督…松原秀典 /美術監督…林孝輔/音楽…コトリンゴ/プロデューサー…真木太郎/監督・脚本…片渕須直/製作統括…GENCO/アニメーション制作…MAPPA/配給…東京テアトル
キャスト:北條すず…のん/北條周作…細谷佳正/黒村晴美…稲葉菜月/黒村径子…尾身美詞/ 水原哲…小野大輔/浦野すみ…潘めぐみ/ 白木リン…岩井七世/北條円太郎…牛山茂/北條サン…新谷真弓 他

リンク:「この世界の片隅に」公式サイト
    公式twitterアカウント・@konosekai_movie
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