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自分の枠から飛び出した山谷祥生が魅せた「初天神」――声優落語天狗連 第十五回レポート

テレビアニメ「昭和元禄落語心中」とのコラボレーションからスタートした「声優落語天狗連 第十五回」が、4月1日(日)に東京・浅草の東洋館で開催されました。

アニメと落語が大好きというニッポン放送アナウンサー 吉田尚記さんと、お笑いコンビ「米粒写経」のメンバーで国語学者のサンキュータツオさんが発起人となってはじまった本イベント。ついに第15回を迎えました。

イベントは毎回恒例、吉田さんとサンキュータツオさんのトークコーナーからスタート。落語や言葉にまつわる濃いネタが展開されるこのトークコーナー、今回はタツオさんが埼玉の図書館で辞書にまつわるトークイベントを行なってきたという、国語学者ならではのネタを披露。辞書の楽しみ方について語ってきたそうです。

「具体的にはどのような話を?」という吉田さんからの質問に対し、タツオさんは「林檎」を例に解説していきます。

辞書で「林檎」を引いてみると、ある辞書では(俳句で用いられる季語を調べるために)花が咲く時期をはじめとする植物としての情報が中心に書かれており、別の辞書では品種や加工・活用法が書かれている。これはたまたまではなく、それぞれの辞書で異なる編集方針が反映されたものであり、引き比べることで違いの大きさ、切り口の違いを見つけられるとのこと。タツオさんが「恋愛」や「山」と「丘」の違いなどについて軽妙な語り口で説明すると、吉田さんと客席からは、感嘆の声があがっていました。

また、イベント当日はエイプリルフールということで、ウソのような本当の話として吉田さんからは重大発表が。なんと、5月に上演される2.5次元舞台「ナナマル サンバツ THE QUIZ STAGE」に高校生役として出演が決定したとのこと。オファーをもらった当初は司会者役だと思っていた吉田さん。ですが、クイズ大会の司会進行を務めるクイズ部部長役とのことで、大変驚いたそうです。

「まさかの高校生役をやることになってしまいました」という吉田さんの言葉に、「それってエイプリルフールのネタじゃないの!? 42歳が高校生を演じるなんて、声優さんみたいだよ」とタツオさんが返すと、会場は大きな笑い声に包まれました。

トークコーナーはさらに続き、本日、落語に初挑戦する山谷祥生さんの話題へ。山谷さんは「一週間フレンズ(長谷祐樹役)」、「刀剣乱舞-ONLINE-(秋田藤四郎役)」、「A3!(向坂椋役)」、「アイドルマスター SideM(蒼井享介役)」など、数々の作品で活躍中の声優。吉田さんは「今後、確実にプリンスロードを歩んでいく彼が春の新番組で主演するのが、『甘い懲罰~私は看守専用ペット』の主人公でドSの看守役なんですよ!」と興奮気味に紹介し、今回口演する演目が「初天神」と発表しました。「ドS看守がやる初天神!?」とタツオさんはツッコミを入れつつ、「初天神」について、古典落語の定番中の定番で演じる人の個性がでる噺だと説明していきます。

さらに、稽古中の模様をまとめた動画が上映されると、そこには一言一句間違えないようにと悪戦苦闘する山谷さんの姿が……。稽古番を務める立川志ら乃師匠の「やってよかったら愉しくなる。その愉しさが出るのがいいんですよ」という言葉に大きくうなずく姿に、タツオさんは「志ら乃師匠の指導の仕方で、人となりが見えてくる。真面目な人には気持ちをのせろと言い、気持ちでやる人には技術的な指導をする。今回は真面目な人への指導で、自分をはじけさせるのが大変だったみたいだね」と分析。指導者としての志ら乃師匠のすごさに感嘆しつつ、その師匠が稽古をつけた山谷さんがどのような口演をするのか、会場の期待はどんどんと高まっていきます。

「あんたがたどこさ」の出囃子で登場した山谷さん。深々とお辞儀をし「初天神という演目なんですが、ドS看守は登場しません」と、吉田さんとタツオさんの振りを枕に見事取り込んだ挨拶をすると、客席からはどっと笑い声が沸き起こります。

そして、本番へ。「初天神」は、天神様にお参りに行った父親と息子のやりとりが笑いを誘う古典落語の定番。父親と息子をどう表現するかで、印象が大きく変わる噺です。

この表現の幅が個性がでる噺といわれる理由なのですが、山谷さんは気難しい父親と“だだっ子”の息子を生き生きと描いていきます。物語の後半、息子そっちのけで凧揚げに夢中になる父親を、着ていた浴衣もはだけてしまうほどに大熱演。その熱量は会場を包み込み、会場は大きな笑いに包まれました。

無事口演をやり遂げた山谷さん。感想をたずねられると「反応がある中でやるのは初めてでしたが、皆さんが笑ってくださって、とてもやりやすかったです。最初は師匠の落語を丸暗記しようとしたのですが、それよりも自分の感じた通りに、何を伝えたいかを考えてやったほうがいいと師匠に教えていただいて、型より気持ちの方が大事なんだと気づき、やりきることができました」とコメント。きっちり仕上げてきた山谷さんの落語に、吉田さんも「すごく真面目に練習したのものすごく分かる」と賞賛を送りました。

稽古をつけた志ら乃師匠は、山谷さんとの稽古について、「彼は一歩出るのが苦手というか、苦手な部分を自分でよく分かっているタイプ。だから自分の枠に収まっているのが心地いいんだよね。普段のお仕事も監督やディレクターから指示を受けて上手にこなす職人なんですよ。でも、それで落語をやるとうまくいかない。だから、まず自分なんですよ。自分が愉しいっていう状態を届けるのが落語であって、受ける受けないは別の話なんです」と振り返ると、山谷さんは「めちゃめちゃハズかしいですね。でも、本当におっしゃるとおり。頭の中で、反省会がはじまっちゃいました(苦笑)」と回答。短いながらも濃密だった稽古に、表現者として新しい何かをつかみ取った様子でした。

続いては入船亭扇里師匠の口演へ。タツオさんは入船亭一門について「人が気持ちよくなるというのはどういうことか、想像するというのはどういうことかに特化した一門」と説明。さらに扇里師匠について、「今までの声優落語天狗連では登場していないパターンの落語で、本当にすごい、こういう人がいてくれて良かったと思ってもらえるはず」と紹介。

大きな拍手に迎え入れられ高座に上がった扇里師匠は、落ち着いた口調でマクラを語り始めます。自己紹介代わりに東洋館の隣にある浅草演芸ホールの木戸口で入船亭扇橋師匠に弟子入りを直談判した話を一通り終えると、もう客席は扇里師匠のペース。淡々としたテンポが耳に心地よく、あっというまに噺の世界へと引き込まれてしまいます。

扇里師匠が今回口演するのは、「叩き蟹」という珍しい話。

日本橋近くにある餅屋の名物「黄金餅(こがねもち)」を盗もうとした子どもが捕まり、店主により折檻されそうになって大騒ぎになっています。そこに割って入った謎の旅人。旅人が子どもに盗もうとした理由を聞くと、大工の父親は怪我をして母親は産後の肥立ちが悪くて寝込んでいる。2人を助けるために働いていたが仕事がなくなり、たまたま餅屋の前を通りかかったら、あまりにも旨そうで家族に食べさせてやりたいと、つい手が出てしまった……と泣きながら語ります。不憫に思った旅人は、子どもに餅を腹一杯食べさせ土産も持たせてやりますが、なんと文無し。お代の代わりとして、木切れで彫った蟹を借金の形として置いて立ち去ってしまいます。

こんな蟹をもらっても……と、腹を立てた餅屋の店主が煙管で蟹の甲羅をポンと叩くと、なんと蟹が這い出すではありませんか! その這い回る蟹が評判になり餅屋は大繁盛をするのですが……。

江戸時代初期の建築・彫刻の名工と名高い左甚五郎が登場する噺はいくつかありますが、この「叩き蟹」もその一つ。元々浪曲だったものを三遊亭圓窓師匠が落語に直し、それを扇里師匠の兄弟子である扇治師匠が教わり、扇里師匠に伝えられたとのこと。特に声を張るわけでもなく、また大げさな表現もないのに、登場する人物の人となりや場所、空気感さえも想像させる噺はまさに職人芸の極み。噺が終わり扇里師匠が深々と頭をさげると、客席からは大きな大きな拍手が沸き起こりました。

口演後のトークでは、扇里師匠がなぜ扇橋師匠に弟子入りをしようと思ったのか、今の芸風にたどり着くまでの経緯など、興味深い話題が次々と語られます。そして扇里師匠の落語についてたずねられた山谷さんは「落語って本当にいろんなアプローチの仕方があるんですね。袖で立ってずっと聴いていましたが、本当に気持ちがいい」とコメント。タツオさんも「誤解を恐れずに言えば、寝ようと思えば気持ちよく寝られるネタなんです」と語ると、志ら乃師匠も「本当にいい芸じゃないと寝られないんだよね。それに笑いは量じゃなくて質だから。……でも(俺は)量も欲しい!」と笑いを誘う一幕も。

扇里師匠と志ら乃師匠、同世代の師匠を中心に落語について、芸事について話題は尽きることはありませんが、残念ながら終了の時間。次回の「声優落語天狗 第十六回」は5月20日(日)、場所は同じ浅草・東洋館で開催。そして声優落語チャレンジには「バッテリー(永倉豪役)」、「うしおととら(蒼月潮役)」、「甲鉄城のカバネリ(生駒役)」などで知られる畠中佑さんが挑戦します。

新しい落語の魅力を提案しつづける「声優落語天狗連」。次はどのような落語の世界を見せてくれるのでしょうか。

小川陽平

■声優落語天狗連 第十五回
日程:2018年4月1日(土)
会場:浅草東洋館
MC:サンキュータツオ、吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)
出演:入船亭扇里、山谷祥生/立川志ら乃(稽古番)

■次回公演情報
声優落語天狗連 第十六回
日程:2018年5月20日(日)
会場:浅草東洋館
MC:サンキュータツオ、吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)
出演:畠中祐/立川志ら乃(稽古番) 他

リンク:声優落語天狗連 公式Twitter
    声優落語天狗連 公式Webページ
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