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「幼女戦記」音響監督・岩浪美和インタビュー ふたりの一騎打ちに音楽を一切つけていない理由とは!?

3月15日から追加上映劇場ができるなど、大ヒット公開中の「劇場版 幼女戦記」。劇場版のオリジナルサウンドトラックが発売されるなど、劇伴はもとより戦闘シーンや本編などの“音”への注目も集まっています。そこで、TVから本作の音を支える音響監督の岩浪美和さんを直撃。「幼女戦記」の音のこだわりについて語っていただきました。

――スマッシュヒットとなった『劇場版 幼女戦記』ですが、改めて振り返ってみて、今回のヒットは予想できていましたか?

岩浪 まったく見当がつかなかったというのが、正直なところですね。もちろんコンテや途中の素材は見ていたので、この通りに完成すれば面白いものになるだろう、とは思っていたんですけども、本当にその通りにできるのか、どうか。かなりギリギリまで作業をしていたので、公開されるまでは不安が大きかったです。とはいえ実際に公開されると、観ていただいた方から「面白かった」「音がよかった」と言っていただけることも多くて。それがSNSなどの口コミで広がったことが、今回のヒットに繋がっているとも思うので、そこが一番嬉しいところですね。

――少し制作当初のお話も伺いたいのですが、岩浪さんはテレビシリーズのときから、音響監督として参加されていますね。

岩浪 テレビシリーズが終わる間際のタイミングで「反響が大きいので、次は劇場をやります」という話を聞いて。実際、テレビシリーズは劇場クラスの熱い作画の作品に仕上がっていて、「劇場映えする作品だな」とも思っていたので、続編が劇場でかけられるというのは、単純に嬉しかったです。

――どのあたりが「劇場映えする」と思ったポイントだったんでしょうか?

岩浪 テレビシリーズの最終回の作業をしていたときに、上村(泰)監督が「劇場で観てみたい」とおっしゃったことがきっかけになって、イオンシネマ幕張新都心で全話一挙上映をすることになったんです。僕は、その上映自体には行けなかったんですけど、事前の調整で劇場に伺って。ULTIRAという横18メートルもある大きなスクリーンとドルビーアトモスの音響設備で上映したら、これがすごくよかったんです。テレビシリーズにもかかわらず、大きなスクリーンに映しても、まったく見劣りしなかった。そのときに「劇場で作れたらいいだろうな」と感じたんですよね。

――で、実際に今回、劇場版が作られることになった。劇場版とテレビシリーズで、音の作り方は変わるものなんでしょうか?

岩浪 まったく違います。まずひとつあるのは、音の大小の幅(レンジ)ですね。簡単に言うと音の幅が1から10まであるとして、テレビで普通、使うのは7から10くらいまでなんです。というのもテレビの場合だと、周りがガチャガチャしてるかもしれないし、もしかしたら外から雨の音が聴こえてくるかもしれない。そのときに「今、聞こえなかった」というのは困る。でも周囲の音をシャットアウトして、しかも真っ暗の中で集中して観ることができる映画館であれば、もっとレンジの広い音を使うことができる。テレビが1から10までなのに対して、映画ではゼロから110まで使うことができるんです。

――小さい音から大きな音まで、使うことができる音量に幅があるわけですね。

岩浪 小さな音があるから大きな音が活きるわけですし、逆もまたしかりですよね。加えて作品全体を通して、音量のコントロールをあらかじめ設計しておくというのも重要になります。大きな音ばかり聞いていたら疲れてしまうので――例えば日常シーンでは耳を休めるために音を小さく絞っても、十分聞こえたりする。それも映画館という、静かな空間であればこその、音の演出なんです。

――今回の『劇場版 幼女戦記』でも、そうした音の演出が十二分に堪能できました。なかでも、音楽を使った演出が印象的でしたね。

岩浪 今回、一番苦労したのは、劇場ならではの音楽の流れをどうやって作っていくか。そこを考えることでしたね。というのも、テレビシリーズは基本、ターニャの目線で物語が進んで――彼女がバッタバッタと敵をなぎ倒していくところに、焦点が当たっているわけです。でも今回の劇場版では、ターニャと敵対するメアリーの側にも視点が行く。そこで彼女の家族関係だったり心情も描かれて、最後はふたりの一騎打ちになるわけです。そこは今回の劇場版のテーマにも関わるところですけど、要するに「戦争って何なのか?」とか「戦うというのは、どういうことなのか?」みたいなところに、踏み込んでいる。

――なるほど。

岩浪 視点が変われば当然、描かれ方も変わってきます。自国にとって英雄とされる人物であっても、敵から見れば悪魔に見える。そこにこそ、戦争の持つ「残酷さ」が潜んでるわけですけど、それを劇中で描くときに、どんな音楽をつけるかで、観客がまったく変わってくるわけです。この場面はターニャ目線で見れば行けるだろうけど、メアリーの視点から見るとノレないだろう、とか。例えば、クライマックスで描かれるふたりの一騎打ちに、音楽を一切つけていないのは、そこから来ているんです。

――セリフと効果音だけで、ふたりの戦いがたっぷりと描かれています。

岩浪 本来ならクライマックスって、一番盛り上がる音楽をつけるはずなんです。でも今回は、そこをあえて外す(笑)。そのことで、この映画が伝えようとしているテーマみたいなものを、お客さん自身に考えていただきたかったんですよね。効果音にしても、観ていて痛みを感じるような音にしてほしいというオーダーを出したんですが、なぜならあの戦いは、彼女たちふたりにとって、肉体的にも精神的にも痛みを伴う戦いだからで。そこが一番、お客さんに伝わるように、という設計は心がけていました。

――では最後に。3月中旬からは上映館数も増える予定ですが、岩浪さんとしてはどんな手応えを感じていますか?

岩浪 冒頭でも触れましたが、今回の『幼女戦記』はみなさんから「音がいい」とおっしゃっていただくことが、本当に多くて。それはこれまで、いろんな劇場に足を運んで、いい音で上映してもらえるように調整したり、コツコツと積み重ねてきた成果なのかな、と思っています。もともと、どうして劇場に行って音の調整をする、みたいなことを始めたのかというと、ひとりでも多くのお客さんにいい映像、いい音響で作品を楽しんでほしかったからなんです。僕たちはきちんと音響設備がメンテナンスされている劇場で、なおかつ想定している音量も担保されているという前提で、作品のサウンドデザインをしているわけです。でも実際は、考えていたような音で上映されることが、なかなかなかったんですよね。

――聞いてほしい音で、観客に映画を楽しんでほしい。そのために、劇場に行って音の調整をしていた、という。

岩浪 そのかいがあって、自分が音を調整した劇場であれば、満足の行く音質と音量で上映することができて、それが評判を呼んで、観に来たお客さんが何度もリピートしてもらえるようにもなって。「ちゃんとした音で上映すれば、お客さんに満足していただける」と、コツコツと続けてきたことが、僕が調整をしていない他の劇場さんにも伝わってきたのかな、と思います。そこが個人的には、今回の『幼女戦記』で一番嬉しいことで。なので、これから『幼女戦記』を上映してくださる劇場の上映クルーの方には、ぜひきちんと音響設備がメンテナンスされた劇場で、しっかり音量を担保して上映していただければ、と(笑)。そうすれば間違いなく、お客さんにも満足していただけると思います。

【取材・文:宮昌太朗】

「劇場版 幼女戦記」
全国で公開中
2019年4月5日(金)から4DXで上映決定
スタッフ:原作…カルロ・ゼン(「幼女戦記」/KADOKAWA刊)/キャラクター原案…篠月しのぶ/監督…上村泰/キャラクターデザイン・総作画監督…細越裕治/脚本…猪原健太/副監督…春藤佳奈/服飾デザイン…谷口宏美/魔導具デザイン…江畑諒真、月田文律/銃器デザイン…秋篠Denforword日和、大津直/エフェクトディレクター…橋本敬史/美術監督…上田瑞香/色彩設計…中村千穂/撮影監督…頓所信二/3DCGIディレクター…高橋将人/編集…神宮司由美/音響監督…岩浪美和/音楽…片山修志/アニメーション制作…NUT/配給…角川ANIMATION/製作…劇場版幼女戦記製作委員会
キャスト:ターニャ…悠木碧/ヴィーシャ…早見沙織/レルゲン…三木眞一郎/ルーデルドルフ…玄田哲章/ゼートゥーア…大塚芳忠/シューゲル…飛田展男/ヴァイス…濱野大輝/ケーニッヒ…笠間淳/ノイマン…林大地/グランツ…小林裕介/ド・ルーゴ…土師孝也/ビアント…小柳良寛/ドレイク…高岡瓶々/ウィリアム・ドレイク…森川智之/エドガー…福島 潤/ビビ…田村睦心/メアリー…戸松遥/ロリヤ…チョー/ヨセフ…稲垣隆史

リンク:「劇場版 幼女戦記」公式サイト
    公式Twitter・@youjosenki
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