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出渕裕登壇。資料と証言で歴史をひもとく「ATAC アニメ再入門講座」開設

去る9月12日、東京・日比谷のHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEにてトークイベント「ATAC アニメ再入門講座 第1回『宇宙戦艦ヤマト』」が開催されました。

ATACとは、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(Anime Tokusatsu Archive Centre)の略称で、登壇するのは『宇宙戦艦ヤマト2199』総監督の出渕裕さんと、ATACの研究員の辻壮一さん。『宇宙戦艦ヤマト』と、そのシリーズが当時どのように受け止められていたのか、第一作のテレビシリーズをほぼリアルタイムで観ていたお二人が振り返ります。

イベントは1974年放送のテレビシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』第1話の上映で始まり、それが終わると出渕さんと辻さんが登壇しました。会場内には、出渕さんと辻さんの知人や関係者もいたようで、お二人が壇上から客席に声をかけるなどリラックスした雰囲気でトークは始まりました。

出渕さんの第一話を本放送では見逃してしまった思い出話から、ビデオなどの録画機器がまだ普及していなかった70年代には、再放送や16mmフィルムでの上映会などが、アニメファンにとって如何に貴重な場であったかなど、当時のファン事情が実感を込めて語られました。

また辻さんが『ヤマト』の放送が始まった1974年10月6日には、テレビドラマで『日本沈没』と『猿の軍団』もスタートしており、新聞紙上でも派手に告知されていたと指摘。さらにその直前に『科学忍者隊ガッチャマン』の放送が終了していて、特撮・アニメファンが次のSF作品を探していたタイミングだったなど、リアルタイムで放送を体験した人ならではの感想が明かされました。

お二人の話は、作品単体に留まらず、60年代の第一次特撮ブームや『鉄腕アトム』から始まるテレビアニメシリーズの展開、『宇宙大作戦』など海外ドラマからの影響、果ては米ソの宇宙開発と冷戦、公害問題やオイルショックといった50年代から70年代にかけての社会情勢にまで触れながら、『宇宙戦艦ヤマト』という作品が生まれた背景を紐解いていきます。

また古代進のキャラクター像にスポ根ものの主人公っぽさが残っている点や、アナライザーが森雪のスカートめくるのは永井豪の漫画『ハレンチ学園』などの影響もあるのではないかなど、当時の流行った文化からの影響も指摘されました。

こうして後から振り返ると『宇宙戦艦ヤマト』という作品を構成する要素に、如何に時代性が反映されていたのかが、わかります。

先ほどのリアルタイムでの経験とは逆に、こうした作品とその周辺を俯瞰して見る面白さは“再入門”ならではの醍醐味といえるでしょう。

「アトムがちょうど1963年に制作されて10年、作り手が映像作品を作ろうとして試行錯誤したなかで『ヤマト』っていうのが出てきたのかなと」(辻)

「時代背景もそうだけど、色んな必然も偶然も含めて誕生した作品だとは思いますね」(出渕)

出渕さんはデザイナーとしての視点から、メカデザインに関しては作り手側にも視聴者側にも「『ヤマト』以前と『ヤマト』以降というのは明確にある」と語ります。

それまで日本のアニメでメカといえば、船や基地など大きなものは美術担当が、ロボットや小物はアニメーターが直接デザインすることが多かったそうです。『宇宙戦艦ヤマト』ではメカニックデザインは、松本零士さんとスタジオぬえが担当していますが、出渕さんはその中でもSFのイラストを多く担当されていたスタジオぬえの宮武一貴さんが『ヤマト』に持ち込んだディテールについて、高く評価していました。

「リアリズムという言い方がいいのかはわからないけれど、ディテールへのこだわりや、エッジの効いた、これまで見たことがないような方向性の未来らしいデザインができる人は本当に限られていたんです」(出渕)

「以前、宮武さんとお話しした時、当時のアニメのメカデザインは作画用で、現実の立体物のデザインを作画で動かすのは難しかったけどヤマトはそこに挑戦していた、という様なことをおっしゃっていた」(辻)

いまではアニメのメカデザインにSF系のイラストレーターや玩具デザイナーが参加するのはごく自然なことになりましたが、その流れを作ったのが『宇宙戦艦ヤマト』であり、一度『ヤマト』によって大幅に上げられたハードルに挑戦することで、メカデザインは進歩してきたそうです。

その後、テレビシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』全26話のシリーズ構成の巧さについて語りかけたところで、残念ながらイベントは時間切れ。真面目な話あり、脱線話ありのあっという間の2時間でした。

この「アニメ再入門講座」は日本のアニメの歴史に残るような作品が、発表当時観る人たちにどのように受け止められたのか、アニメをどう変えていったのかなどをトークを通じて掘り下げ、その様子を記録して、次世代に伝えることを目的としたイベントだそうです。

確かに作品そのものや、制作側の証言を記録した映像や書籍は後世に残る可能性が高いですが、こうした視聴者側の感想であったり、当時の雰囲気を伝える発言はなかなか残りにくいものです。

『宇宙戦艦ヤマト』のドラマ本編についても、まだ最後まで語られていませんし、是非とも引き続き同イベントが開催されるのを期待しています。

最後に、今回のイベントを実施したATACについて簡単にご紹介したいと思います。同団体はアニメと特撮の文化を後世に遺し、継承していくことを目的に、映画監督の庵野秀明さんを理事長として設立されたNPO法人です。同団体はアニメや特撮が創造、製造される過程で生み出された中間制作物や資料の保存と、これらを活用した普及啓発を主な活動としています。

ATACの活動や開催イベントについて、もしご興味を持たれた方は、以下のサイトをご覧になってみてください。

【取材・文:倉田雅弘】

リンク:「特定非営利活動法人 アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)」公式サイト
    「ATAC寄付の紹介」
    公式Twitter・@Info_ATAC
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