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「エヴァ」は巨大なインディーズ映画だった!? 「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」著者×林原めぐみ対談

書籍のページイメージ。さながら論文のように文字がびっしり。その文字数、なんと約6万字とのこと


「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の制作を「プロジェクト」と捉え、その遂行の様態を振り返り、実績を記録・省察・評価・総括することを目的に刊行された「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」。本書に衝撃を受けた林原めぐみさんが熱望し、本の著者であり、「シン・エヴァ」で制作進行を務めた成田和優さんとの対談が実現しました。発売中のニュータイプ2023年10月号には本企画についての核となるお話を掲載しておりますが、WebNewtypeでは本誌掲載とは別テイクのWeb版をお届けします!


林原めぐみさんの私物を撮影させてもらいました。かなり読み込まれた形跡があちらこちらに。


――今回の対談のきっかけは、「林原さんが『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』をとてもおもしろがっておられる」と噂を聞いたからなんです。

林原 そうなんですよ! とにかく私は記録することが下手くそなんです。衝動で動いていて、自分のやっていることを記録するという意識が希薄。でも、何かを記録することが大事だってことはわかってるのね。そうしたらなんと、「エヴァ」でその大事なことをやってくれた、すごい本が出た! と思って、びっくりしたんです。読む前から興奮してしまって、思わず、「これを書いたのは数学脳の人?」なんて、関係者に不思議な質問をしてしまったりもして(笑)。ちなみに、どうですか?

成田 いや、僕、ガチガチの文系です(笑)。

林原 そっか! 何かね、そういうキチッ、キチッとしたところがある、数学的な人だから出来た本なのかな?って、勝手に思い込んでしまったんです。ともあれ、それで実際に読んでみても、とにかくすごい! こんなすごいことをやった人がいるんだったら、いっぱい宣伝しよう、何でもやるよ!……っていう話をしていたら、ラジオのゲストにお呼びすることになり(「林原めぐみのTokyo Boogie Night」ラジオ関西8月5日・TBSラジオ8月6日放送回)、さらにその場で対談を収録しようよ!と企画を持ちかけたら、Newtypeさんが乗っかってくれたというわけ。KADOKAWAの本じゃないのにね(笑)。

――「林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力」を始め、いつもお世話になっておりますし……(笑)。

成田 「記録することが下手」と林原さんはおっしゃいましたけど、あの本こそまさに、僕からしてみればすごい記録ですよ。

林原 わ、ありがとうございます。そうか、あれは記録かぁ。

――それにしても文系なんですね。元JAXAだとうかがっていたので、理系の方だと勝手に思い込んでいました。

成田 JAXAの採用にもいろいろ種類があって、僕は「事業運営」としての採用なんです。

林原 どんな仕事をされていたんですか?

成田 入ってから2年半ぐらいは、種子島宇宙センターで、ロケット打ち上げのときのプレス対応や、それ以外にも取材や視察に来る人の対応をやっていました。そのあとは筑波宇宙センターに移動して、しばらくはメーカーさんとの契約書を作ったり、仕様書を契約的な観点で整えたり、プロジェクトの入札に関わったり……といった仕事をしばらくはやっていました。そこから、温室効果ガス観測技術衛星2号……「GOSAT-2(いぶき2号)」を開発するプロジェクトチームに、チームメンバーとして入って、主にコストマネジメントをする役職についたんです。そこでコスト管理、進捗管理、その他もろもろ全般みたいなことを3年ぐらいやってたのかな……。

――ちなみにロケットの打ち上げに関わるのと、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を完成させるの、どちらが大変でした?(笑)

成田 それはもう、圧倒的に「シン・エヴァ」です(笑)。

林原 立場にもよるでしょうけどね。

成田 おっしゃるとおりです。開発の責任者といった立場で関わる人だったら、また全然、違う意見があると思います。国のお金を預かって作る、という違いもありますしね。

林原 でも、ホント、そうした経験のある方が、びっくりしませんでしたか? スタジオカラーで、「エヴァ」に関わって、作品をつくるときのコスト管理を見て。

成田 そこは実は、本を書くために、いろいろなデータを集約したことで、ようやく見えてきたものなんです。僕がやっていた「制作進行」という役職ですと、お金の管理をする仕事ではないので制作中はお金のことはごく一部、僕自身が発注の仕事を担う範囲内でしか情報として知らないんです。例えば作画のカット単価や動画の枚数単価とか。セクション全体でいくらかかっているか? みたいなことはもっと上の、制作統括プロデューサーやエグゼクティブ・プロデューサーしかわかっていないですね。ただ、動画や原画の単価金額と、作業内容に応じてカラー側から積極的に交渉をしていく姿勢から、スタジオカラーという会社は充分なギャランティをお支払いする会社だとわかっていたので、とてもいいことだなとは感じていました。

林原 私、庵野さんが立ち上げた「日本アニメ(ーター)見本市」って企画に出演参加させていただいたんですけど、そのときに、とにかくフィルムを作る力がある人たちがたくさんいるのに、現場にお金が落とされない場合が多い……っていう事実を思い知ったんです。誤解されたくないけど、それは「お金を儲けたい」とかそういうことではなくて、そうやってお金が落とされないことで、「このままでは技術者がいなくなってしまう」と庵野さんは嘆いていて、その気持ちに共感したんですよ。日本人ってお金の話をタブーにするところがあるし、「儲かる」っていうことに対して、何か正当なものではないみたいな感覚がある。「努力の対価としてお金がある」っていう考え方を、なぜか叩きがちというか。そんな中で、「ちゃんと現場にお金を落としたい」って言ってる庵野さんはすごいなって、当時、思った。それをスタジオカラーは、「シン・エヴァ」で、現場にちゃんとお金が落ちる形での制作をやり遂げた。それがこの本ではっきりとわかって、ついに、本当にやったんだ、この人!っていう良くも悪くも、業界の常識を打ち破った。(笑)

成田 そうですよね。本当に。

林原 いませんよね? 他に。

成田 一社による完全自主制作で、この規模でやり遂げたアニメ制作会社は、日本では絶対にないですね。

林原 巨大なインディーズ映画だったんかい!っていう話でしょ? これ。その事実を知らない人が、「エヴァ」ファンの9割じゃないかと思うんだよね。それがいかにすごいことか。「スタジオカラーは儲かって、ウハウハだろ」ではないんだよね。現場のみんな、働いた人たち、作り上げたひとりひとり、末端に行き渡らせるためにっていうものだったと、胸を張って言えるだけの、証明になってますよね。

成田 しかも、庵野さんが「エヴァ」でインディーズ映画のように全ての資金を自社で出したのは、リスクを取る代わりにリターンも全て戻ってくるのもあると同時に、庵野さんのプロジェクト・マネジメントの考え方として、こと「エヴァ」に関しては製作委員会制をとらず、庵野さんが最終決定権を持てる、ある種、鶴の一声を言える体制で作ることが、最も良い体制、最も面白い作品を作ることのできる体制だということを考えたからでもあると思うんです。二兎を追ったというか、リターンを還元することと、「エヴァ」を作るために最適な体制を実現させることの、2つ目的があったんだと思います。

林原 製作委員会という仕組みにはいいところもあるんだけど、行き過ぎたコンプライアンス含めて、いろいろな人の意見が関わって、特に現場が大変な思いをすることがあるのは、声優という立場でも感じることがあります。庵野さんはそういう思いをみんなにさせたくなかったんだね、「シン・エヴァ」では。

成田 そうだと思います。

林原 「クレームが入るから削ってくれ」とか、そういうことを考えないでものを作りたかったし、作れたんだね。……作れたんだよね! あらためて、良かったね!(笑)

成田 本当に良かったです(笑)。

林原 そんな作品に私も関わらせていただいて……ありがたいことです。あの、最後に、せっかくなんで、成田さんが私に何か聞いてみたいこととか、もしありましたら……。

成田 お気遣いありがとうございます(笑)。いやもう、「新世紀」の頃から視聴していた僕にとっては、こうしてお話をさせていただいているだけでも光栄で、夢のようなんですが……あの、ひとつ、「シン・エヴァ」の制作中のことで思い出深いことがあるんです。僕はAパートの制作進行だったので、アフレコにも立ち会わせていただいたんです。そのとき、林原さんが衣装を全部黒で統一されていたんですね。それを見て、ものすごく感動したんです。勝手にですけど。

林原 Aパートだと黒レイちゃんですから、そういう気持ちで行ったんでしょうね、そのときの私。

成田 「これこそプロフェッショナリズムだ!」と。

林原 逆に言うなら、ジーンズ・Tシャツでもいい芝居ができる人はできるんです。そういうプロフェッショナリズムもあります。だけど、私は服に気持ちを借りるんですよね。別にコスプレしてるわけじゃないんですけど、色や形から気持ちをもらう。ある意味、それは自分の弱さな気もします。何か頼るものが欲しくなってしまう。

成田 あれは本当に印象的で、あの姿を最後まで忘れないようにして僕はAパートを制作していました。Aパートって、黒レイの物語でもあるので、あそこで林原さんのあの姿を見られたのは本当に貴重で、よかったです。

林原 そんなふうにあのときの姿が、作り手側の役に立っているとは思いませんでした。こちらこそ、良かったです。あの時は、自分のためだけでしかなかったんですけどね。

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本日(9月8日)発売のニュータイプ10月号では、2人がさらに書籍についてじっくりと語ってもらっています。そちらも併せてお楽しみください!

【取材・文:前田久(前Q)】


ふせんで気になるところをチェックしてたという林原さん。名言たくさんの書籍だけにふせんもいっぱい!


リンク:「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」カラー公式内特設サイト

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