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物語の余韻とドラマチックな展開を聴かせるEDテーマ「記憶の箱舟」。「デカダンス」の魅力を掘り下げるリレー連載第8回では、EDテーマを歌唱する伊東歌詞太郎さんが登場。楽曲制作の裏側や「デカダンス」への思い入れをたっぷり語っていただきました。
――「デカダンス」という作品の第一印象はいかがでしたか。
伊東 もともとアニメをたくさん見るタイプの人間ではないので、率直な感想でいうと何か映画的なものを感じました。デカダンスのインパクトのあるビジュアル、コミカルさがありながらもシリアスな内容と、どちらもスケールが大きくて劇場版のようだ、と。最初にいただいたのは線画だったんですが、それでも「おお、すごい!」と圧倒されました。
――これまでの放送をご覧になっての感想はいかがですか。
伊東 資料をいただいたときは「荒廃した世界」、「シリアスなドラマ」という印象が強かったので、映像で見ると笑える要素がこんなに多かったのかとか、サイボーグたちがかわいいなとか、見方がだいぶ改まりました。幅広い年齢層に刺さりそうですよね。あとは月並みな感想ですが、声優さんの演技がすごい! 音楽を制作するに当たってあらすじはもちろん知っていたんですが、実際に声がつくと新鮮に思えるところがたくさんあって、そういう部分も含めて面白さをひしひしと感じています。
――伊東さんは、「記憶の箱舟」が初のアニメタイアップだそうですね。タイアップということでふだんと制作方法は変わるものなのでしょうか。
伊東 これに関しては半分変わると言えますし、半分変わらないという言い方が適切なのかなと。「デカダンス」という題材をいただいて制作するということは、「デカダンス」という作品と伊東歌詞太郎というアーティストの両方の世界を意識することになります。伊東歌詞太郎に全振りしてしまっては「デカダンス」に失礼ですし、かといって「デカダンス」に振ってしまうと伊東歌詞太郎の音楽を聴いてきた人や伊東歌詞太郎自身にとって失礼なことになってしまう。じゃあ間を取ればいいのかというと、それは両方に失礼になるので、ぴったり一致する部分を探ることが一番だと思ったんです。
つまり、「デカダンス」という作品がなくても僕が歌う曲としてまったく違和感のない曲であり、別の誰かが歌っても「デカダンス」のEDテーマとして成立する曲。それを探らないと絶対にいいものができないと考えました。
――伊東さんと「デカダンス」の一致する部分は、どのように探っていったのでしょうか。
伊東 これは運がよかったといいますか、縁が繋がったのかなと思ったんですが、「デカダンス」の資料を読んだときに、自分がふだん考えていることや感じていることと重なるなと感じたんです。その上、(アニメの制作サイドからは)「自由に作ってください」と言っていただけたので、実はいつもとあまり変わらない感覚で制作に臨めました。
――では、内容は完全に伊東さんにお任せだったのでしょうか。
伊東 「日常」を描いてほしいと言われたんですが、自分もまさにそう考えていたので最初から考えが一致していたんです。もちろん、魅力の一つである戦闘も「デカダンス」の日常といえます。でも、それはOPの映像で描かれるだろうし、EDテーマはもっと僕らと変わらない日常を描こうと考えていたんです。ナツメも戦わなければいけないときがあるけれど、それだけが彼女の生活ではない。だったら、戦い以外の部分を描きたいなと。日常というのは自分の引き出しにもあるものなので、そこがうまく重なりました。
――作詞・作曲をされる際に、思い浮かべたキャラクターはいますか。今、お話しに出たナツメでしょうか。
伊東 やっぱりナツメの生き様ですね。ナツメはめちゃくちゃ頑張っているけれど、彼女に見えている世界と外側のサイボーグが見ている世界は、同じ世界でも大きな違いがあります。どんなに頑張っても、サイボーグたちからすれば無駄な努力に見えてしまう。その温度差って音楽業界に生きる自分もよく感じることなんです。
自分は音楽とともに生きていますし、だからこそ必死に自分の音楽を世に広めたいと思っています。でも僕にとって目的である音楽が、人によってはたんなる手段にすぎない場合もある。もちろん、手段にすることが悪いことではありません。それでも自分は自分の感覚を大事にしたいと思っているので、そういう部分がナツメと重なるなと感じました。自分の正直な気持ちを出すことがナツメの想いに繋がっていく。それが今回の音楽制作の起点になりました。
――ナツメのがむしゃらさは見ていて本当に気持ちいいですよね。
伊東 サイボーグであるカブラギを動かすくらいですからね。多くの人から見れば無駄な頑張りでも、意外と無駄じゃなくなることもある。僕もそう信じているので、ナツメの生き様には自然と惹かれてしまいます。
――EDの映像をご覧になった感想はいかがでしたか。
伊東 (画面右側の)沈み込んでいくような波のエフェクトが、サビできらびやかになるんです。きらびやかになるとやっぱり心がぱっと開きますよね? その瞬間に『「記憶の箱舟」歌 伊東歌詞太郎』というテロップを入れてくださったのが嬉しかったです! 勝手に僕が思っていることなんですが、この映像を作った方、テロップを入れた方はきっとこの曲をいいと思ってくださったんじゃないかなって(笑)。89.5秒の一番いいタイミングで名前を入れていただけて感激しました。
――音楽と映像がすごくマッチしていました。
伊東 伊東歌詞太郎をEDテーマに選んでいただいたからには、「デカダンス」という作品に花を添える存在でありたいし、「デカダンス」をより魅力的なものにする曲でないと自分がやっている意味がないので、そう思っていただけると嬉しいですね。
――ところで、伊東さんが特に気に入っているキャラクターは誰ですか。
伊東 カブラギですね。最初にいただいたのは素体のデザインで、しかも線画だったのでどこかシリアスな印象を受けたんです。だから第2話のサイボーグ姿を見たときに、こんなにかわいいのかと驚きました。色味もわりとカラフルで、目もこんなにつぶらで。このギャップは人気が出そうだなって確信しました(笑)。
――ありがとうございます。そして伊東さんは先日、初となるエッセイ「僕たちに似合う世界」(KADOKAWA)を発売されました。こちらはどういった経緯で執筆されることになったのでしょうか。
伊東 伊東歌詞太郎の音楽を好きになってくれる人はいるかもしれないけれど、伊東歌詞太郎本人に興味のある人は少ないだろうと思っていたので、エッセイを書くようなことはないだろうと思っていたんです。でも、編集者の方が「絶対に面白いですよ!」と熱心に説得してくださって。だったらやってみようかなと乗せられてみたら、不思議なことに途中から面白くなってきたんです。
――どういったところが面白いと?
伊東 僕は過去をまったく振り返らないタイプなんですが、エッセイを書くことで強制的に過去を振り返ることになったんです。過去を思い出すなんて経験をしてこなかったので、その作業がどれも新鮮で。そして気づいたんです、頭悪いなって(笑)。過去の自分がバカすぎて呆れたし、悲しくもなりました。でも、そんな自分をどこかで面白がっている自分がいたんですよね。
音楽でもそうですが、僕は挫折をいっぱい経験してきました。だからといって、何かに挫折した人がこの本を読めば勇気づけられるとか、そんなおこがましいことはまったく思っていません。誰かの救いになるとは言いませんし、なったとしたらそれはスーパーラッキーなだけ。どちらかといえば、この本は「笑い」なんです。
――笑い、ですか。
伊東 ええ。自分がやってきたことを振り返ると、「それをやったら大けがするよ。え、本当にやるの? やっぱり大けがしたーっ!」という面白さがあるんです。「面白い」でも「interesting(興味深い)」じゃなくて、「funny(おかしい)」のほうですね。「こんな奴もいるのか……」という意味では、どんな人でもプラスの気持ちになれる本だと思います。
――このエッセイのイメージソング「僕たちに似合う世界」が「記憶の箱舟」のカップリング曲として収録されるそうですね。
伊東 この曲は、エッセイを書いて一気に思い出した自分の過去や当時考えていたことを、過去よりは少し未来の、今よりは少し過去の自分に教えたらどういう気持ちになるだろうかというアイデアからスタートしました。今までにない、新鮮な作り方になったなと思います。誰もが笑えるであろうエッセイのイメージソングなので、この曲も誰もがプラスの気持ちになれる、誰かに少しだけ寄り添えるような曲をイメージしました。
――最後に、8月1日に開催されるトーク&ネットサイン会への意気込みも聞かせていただけますでしょうか。
伊東 インターネット越しというのは、苦肉の策といえば苦肉の策ではあるんですが、やっぱりどんな形であれ皆さんに感謝の気持ちは伝えたいので、このイベントを開催することになりました。インターネットだからどうこうというのは特に考えていなくて、普段のライブや路上ライブをするときと同じ気持ちでできたらいいなと思います。
【取材・文:岩倉大輔】