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いちばん大事な「耳心地」――Creators Dialogue 2024 岩崎太整×牛尾憲輔対談

写真左より、牛尾憲輔さん、岩崎太整さん


現在、ニュータイプ本誌で連載中、アニメの現場の各セクションのクリエイターが対峙し、現状について話し合う「Creators Dialogue 2024」。現在発売中のニュータイプ3月号では「メタリック・ルージュ」で音楽を担当する岩崎太整さんと、「僕の心のヤバイやつ」ほか数々の作品で音楽を担当する牛尾憲輔さんの対談を掲載。1万字近くに及ぶ記事の中から抜粋してお届けします。


ニュータイプ3月号「Creators Dialogue 2024」より


──お互いの仕事で「おもしろいな」と思った作品はありますか?
牛尾 具体的なタイトルではないんですけど、太整さんの仕事を聴いていると、どれも圧倒的に「鳴ってる」んですよ。明らかに空間が鳴ってる。スタジオが鳴ってるというか、生演奏を録っているときの空気感がすごくいいんです。それは「血界戦線」のジャズを聴いてても思うんだけど、たとえば弦楽器って響いてないと、チープな音になってしまうんですよ。無響室で、すぐ真横にマイクを立てて録ると、すごくチープな音になる。でもスタジオで録音して、ちゃんと鳴らすと、ああいう音になるんです。天井が高いところで録音しているんだな、というのが音の向こう側に見える。きょうの話を聞いてて思ったんですけど、そこは太整さんの問題意識の反映なんだろうなと思います。

──音の響き方まで、しっかりと神経が行き届いている感じがありますね。
牛尾 僕自身、メロディとかリズム、ハーモニーよりもテクスチャーの作曲家だと思っているので、そこはすごく理解できる感じがありますね。
岩崎 なかなかうまくハマる日本語がないから、個人的には「耳触り」と言ってるんだけど……。
牛尾 ああ! 「感触」の耳版というか。
岩崎 そうそう。「耳心地」と言ってもいいんだけど、俺が牛尾君のサウンドを聴いてて、いちばん好みだなと思うのも、その「耳心地」なんですよね。牛尾君の曲は、もちろん劇伴としてもすばらしいんだけど、いちばんすばらしいなと思うのはそこの部分で。で、今いちばん大事なのは、その「耳心地」だと思ってるんです。たとえば「聲の形」を見てると、やっぱりおもしろいんですよ。でもそのおもしろさは、監督とセットのものじゃない?
牛尾 うん、そうだね。
岩崎 だから、そこを牛尾君のよさととらえるのは、ちょっともったいないなと思っちゃうんだよね。そういう意味で言えば、agraphでやってる牛尾君のソロが、いちばんいいと思っちゃうから。
牛尾 劇伴は自己表現じゃないですからね。
岩崎 そうそう。だから、劇伴に対して「この曲はよかった」みたいな言い方をするのは、物語を追い抜いちゃってる気がしてしまうんです。要するに、あまりいいマリアージュになってないよね、って。ただ、さっきから話してる「耳心地」みたいなものは、やっぱり音楽家のなかにももっている人ともっていない人がいると思ってて。最近、日本の作品がなかなか海外に出ていけない、出ていっても成功できない理由は、そこにあるんじゃないかとずっと思っているんです。

──なるほど。
岩崎 だから、さっきから話しているように、「何でもやりますよ」みたいな適当なことを言いながらも、そこだけは最近、ずっとこだわってますね。そこをやらせてくれるかどうかが、結構大事かもしれない。
牛尾 言い方を変えると、もう譜面だけの時代じゃないんですよね。この仕事を始めてから、僕のところに「アシスタントをやらせてください」って人がいっぱい来るんですけど、メロディがよくてハーモニーがよくて、すごい大編成を書けましたって、紙(譜面)で持ってきて、そこで終わっちゃう人が多い。でも、それだけではもうまったく通用しないんですよ。むしろ逆に「ド」の1音だけでも「耳心地」がよければ成立する。
岩崎 そうそう、そうなんだよね。
牛尾 でも、そういうことを体系的に学べる場所もないし、体系的につくれるスタジオもないし、体系的に聴ける劇場も日本にはないっていう。だからすごく難しいですよね。唯一、坂本龍一さんが監修した映画館(109シネマズプレミアム新宿)が、日本にあるのは希望だなと思いましたけど。
岩崎 少し前、ヨハン・ヨハンソンの音楽がフルオーケストラで演奏される機会があって、それをロンドンへ見に行ったのね('19年に行なわれたBBCプロムでのコンサート「The Sound Of Space: Sci-Fi Film Music」)。それは、SF映画の劇中曲をオーケストラでやりますっていうコンサートで──それこそハンス・ジマーの「インターステラー」とか、いろんな曲が演奏されたんだけど、ヨハンソンだけまったくおもしろくないんですよ(笑)。要するに、ヨハンソンの曲ってミキシングまで含めた録音芸術だから。それと比べると、やっぱりジマーなんかはすごいポップだし、演奏してもすごくいいんだよね。

──パフォーマンスとしておもしろい。
岩崎 そうそう。やっぱり旋律があるから。
牛尾 ヨハンソンの「メッセージ」って、サウンドトラックだけ聴いてもめちゃくちゃいいけど、でもそれって、オーケストラで録音したものを基に長いテープループをつくって、それをスタジオで再生しているからおもしろいわけであって。
岩崎 それをただ譜面に起こして、ヴァイオリンがただ「ズズズズ……」って、トリルしてるだけのものを聴いても、おもしろくなるはずがない。松脂がこすれるのを聴いても、意味がないよねっていう(笑)。
牛尾 そうやって考えると、ルドウィグ・ゴランソンは「テネット」で、逆再生した曲をオーケストラに耳コピさせたわけじゃないですか。あれはちょっとおもしろいかもしれない。
岩崎 そうそう。しかもそれが「テネット」の映画のコンセプトにも合ってるわけで。そういう意味では、もうそろそろつくり手側が音質に対して真剣に取り組まないと、マジで世界に置いていかれるよ、とは思う。Netflixなんかは、ドルビーアトモスをレギュレーション(標準仕様)にしちゃったわけだし、そこは実写とアニメーションにかかわらず、唯一、僕がまじめにやっていることではありますね。
──なるほど。
岩崎 あと海外との比較で言うと、日本語の問題はあるんですよ。日本語は音節拍言語といって、母音が全部聞こえないと意味がつながらない言語なんです。そうすると必然的に、セリフの音量を上げなければいけなくなる。その結果、音楽や効果音がわりを食うことが多い、というのはあるんです。
牛尾 日本語とそれ以外の言語で比べると、明らかに波形が違いますしね。たとえば子音の「ツッ」とか「カッ」みたいな音には、母音と違って、ピッチ(音程)がないんですよ。だからすごくアタッキーになるし、リズミカルに響くんだけど、そういうことを理解して、ちゃんとトリートメントしておかないと、キレイにセリフと音楽を聴かせられないんですよね。
岩崎 そうそう。だからこそ、音響のトリートメントをしっかりやらなければいけない、ということでもあるんだけど。


そのほかにも2人が〝劇伴〟を手がけるきっかけとなったエピソードや、アニメ音楽が世界で注目されている現在のことなど、多岐にわたって語っていただきました。完全版は本誌をご確認ください。

【撮影:福岡諒祠/取材・文:宮昌太朗】

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