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「エヴァンゲリオン」シリーズ初となる30周年フェスイベント「EVANGELION:30+; 30th ANNIVERSARY OF EVANGELION(以下、エヴァフェス)」。その最終日となる2026年2月23日(月・祝)、展示周遊エリア「EVA EXTRA30」内ラウンジの最後の催し物は、TVシリーズ版の「エヴァ」制作当時を知る鶴巻和哉さん、神村靖宏さん(グラウンドワークス:)の2人に、株式会社カラー副社長の緒方智幸さんを加えた「エヴァ」シリーズの舞台裏を語るトークコーナーでした。聞き手の林原めぐみさんの軽快なトークと、緒方さんが作成した緻密な年表により、その歩みの激動ぶりが伝わってきました。こちらではそのトークを再録、「エヴァ」シリーズをめぐる、今まで語られていなかった一面が3人のことばで語られます。
写真左より、鶴巻和哉さん、神村靖宏さん、緒方智幸さん
全てはここから――。3人のトークは「新世紀エヴァンゲリオン」の制作を手がけたGAINAXの遍歴から始まりました。
「(観客に)DAICON FILMってご存じですか?」
最初に神村さんが会場に集まった観客に語り掛けます。エヴァフェスの会場に来ているファンは熱心な人がほとんど。たくさんの手が挙がりました。
「DAICON FILMは大阪で活動していたアマチュアの映像製作グループなんですが、DAICON 3(第20回日本SF大会・1981年)というイベントのオープニングアニメをつくったことで、日本中から注目を集めていたんです。僕はそのDAICON FILMの下っ端スタッフで。庵野さんたちのもとでアニメや特撮映画をつくってました」と神村さん。
そのころの鶴巻さんはまだ専門学生。アニメーターを目指す青年だったのだとか。
「専門学校に通ってアニメーターを目指していたんですけど、1984年ごろにDAICON FILMのメンバーが『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年公開)というアニメーション映画の制作を発表して。めっちゃ興奮したことを覚えていますね。僕はそれ以前から庵野(秀明)の名前は知っていて、あこがれていました」(鶴巻)
GAINAXは、DAICON FILMのメンバーが映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」を制作するために1984年に設立したアニメーション制作スタジオです。そのころ神村さんは別業界へ就職していたために、GAINAXの設立には参加せず。鶴巻さんはアニメーターとして、別のスタジオで活躍をし始めていました。
「専門学校卒業後にスタジオジャイアンツという作画スタジオに入って、アニメをつくっていました。『めぞん一刻』(1986年放送)であったり……」(鶴巻)
「ええっ! 私のデビュー作じゃないですか!」(林原)
「そのあと『ふしぎの海のナディア』(1990年放送)のときにGAINAXに参加したんです」(鶴巻)
このあと神村さんもGAINAXに合流。いよいよ次の一歩へ。そこで林原さんが疑問を投げかけます。
「『ナディア』のあとに5年ぐらい時間が空いて、『新世紀エヴァンゲリオン』の放送になりますけど。この空白の時間では何があったんですか?」
すると神村さんと鶴巻さんから、GAINAXの運命を変えた幻の作品の名前が上がりました。
「そもそも僕がGAINAXに戻ったのは『これから大作映画をつくって、ハリウッドに乗り出すんだ』と誘われたからなんです。鶴巻さんもその企画には参加していたと思うんですけど」(神村)
「みなさんもタイトルだけは知っていると思うんですけど『蒼きウル』という企画があって。当時のスタッフだった僕から見ても「これはさすがに無謀過ぎませんか?」と思える大作アニメだったんです。3DCGをガッツリ導入した飛行機のアニメーション作品だったんだけれど。それが結果的に頓挫するんですね。制作途中まで進んでたので、GAINAXが予算をかなり持ち出してたんじゃないかな」(鶴巻)
「だと思いますよ。画コンテもある程度進んでたし、一部は作画インもしましたからね」(神村)
神村さんから、当時のGAINAXの台所事情が明かされます。
「当時のGAINAXはアニメだけの会社ではなくて、PCゲームがすごく好調でした。アニメだけでなく、ゲームソフトの製作・販売で二足の草鞋を履いていたんですね。赤井孝美さんがつくった『プリンセスメーカー』(1991年発売)という育成ゲームの金字塔的な作品があって。それらで会社を維持してました。アニメでは名声は高いんだけど、制作スタジオとしての収益性はすごく悪い会社だったんです。ゲームではきちんと収益を上げていましたが、アニメは大ヒットを飛ばすけれど、収支は……みたいなことが続いていました。『蒼きウル』も資金調達がうまくいかなくて頓挫してしまったんです」(神村)
そんな状況と前後して、GAINAXの体制も変わります。GAINAXの設立者のひとり、岡田斗司夫さんが退社。『ウル』が頓挫した後、キングレコードのプロデューサーだった大月(俊倫)さんとともに庵野秀明さんが新しい企画を立ち上げます。
「庵野さんがキングレコードの大月さんから“どんな企画でも俺が通す!”と話をもらったそうです。それに対して庵野さんが出してきたのが『新世紀エヴァンゲリオン』でした」(神村)
「この表を見ると、岡田斗司夫さんはその前にGAINAXをお辞めになっているんですね。『新世紀エヴァンゲリオン』には岡田さんは関わっていない?」(林原)
「そう、まったく関わってらっしゃらないですね。岡田さんは1992年にGAINAXを辞められた後もYouTubeなどで活躍されて、『エヴァ』シリーズについてもいろいろと語られていますが。現場のことは直接はご存じないはずです。おそらく岡田さんは1992年以降、庵野さんとは一度も会っていないはずですよ。僕はワンフェス(ワンダーフェスティバル)などでよくお会いしていますけど」(神村)
「庵野から伺ったところによると、25年くらいお会いしてないそうです」(緒方)
「新世紀エヴァンゲリオン」は1993年ごろから企画が立てられ、1994年ごろから作画イン、本格的な制作が進められました。原案者でもある庵野秀明監督が全てのエピソードのプロットをまとめ、そこから各スタッフが脚本、画コンテ、演出を担当。庵野監督のもと多くのスタッフが力を合わせて制作が進んでいきます。鶴巻和哉さんは副監督を務め、第壱話、第弐話の演出、第参話の画コンテ(共同)を担当。まさに中核のスタッフとして当初から現場で活躍していたのです。
「TVシリーズの『新世紀エヴァンゲリオン』の制作中は、僕はまだフリーランスの立場なんですよ。GAINAXの社員ではないんです。」(鶴巻)
続いて1997年に公開された「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」。
「『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』は結果的にいわゆる『春エヴァ(新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生)』と『夏エヴァ(新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に)』の2つに分かれてしまって」(鶴巻)
当時の制作状況はかなり厳しかった様子だが、ここで状況を変えたのが庵野総監督と大月プロデューサー。
「庵野さんと大月さんは、映画配給の東映さんに『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』が間に合わないと申し出るときに、庵野さんが2回(『春エヴァ』と『夏エヴァ』)に分けて公開するプレゼンを東映さんにしたそうです」(鶴巻)
このころから庵野さんは、アニメーション監督的な立ち振る舞いだけでなく、作品全体をコントロールするプロデューサー的な動きが目立っていったのだとか。
「このころから庵野はもう純粋なクリエイターではなくて、プロデューサー的なゾーンに入り込んでいて。プレゼンの仕方も、クリエイターじゃない、もっとビジネス的な目線で動いていく人になっていったなと思うんです。いまのカラーで社長をやっている庵野は、たぶんこのころに芽生えていったのかなって思いますね」(鶴巻)
「僕がオープニングアニメの現場で庵野さんを見たときは、本当にひたすら画だけを描いている人だったんです。でも『トップをねらえ!』で監督になって。『エヴァ』シリーズでプロデューサー的な仕事もどんどん増やして、最後には会社経営までやってしまう。そこがすごいなと思うところですね」(神村)
1997年夏に「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」が公開され、「エヴァ」シリーズの制作は一旦ひとくぎりを迎えた。本作を手がけたスタッフたちは、それぞれ新たな作品に向かっていきました。やがて「エヴァ」シリーズ10周年となる2006年に庵野秀明さんは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の制作を発表。カラーという新たな会社を立ち上げ、新たなスタイルで再び制作すると発表したのです。
「『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』の公開後、みなさんどんなことをやっていたんですか?」と林原さんが尋ねると――。
「僕はGAINAXのディレクターになって『フリクリ』(2000年発表)や『トップをねらえ2!』(2004年発表)をつくっていました。庵野は実写映画を撮っていて。『ラブ&ポップ』(1998年公開)とか『式日』(2000年公開)とかですね」(鶴巻)
そして、庵野秀明さんは、2006年にカラーを設立。GAINAXと訣別し、自らの道を歩み始めます。
「それまで庵野さんはGAINAXの役員でしたし、会社の方針についていろいろと提言していましたが、当時の経営陣にその意見をなかなか取り入れてもらえなかったんです。庵野さんとしても、製作委員会方式への疑問や、会社や周囲の意見にクリエイターが振り回される状況を打開したかったんじゃないでしょうか。やっぱり自分自身で作品の全部をコントロールしたいという気持ちがあったと思うんですね」(神村)
「カラーを立ち上げて、100%カラーの自己出資で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ(2007年~)を始めたんです」(緒方)
カラーを設立することになったのは、当時のGAINAXの状況も大きく関わっている。神村さんと緒方さんはその状況を解説してくれました。
「ちょっと時間を戻すと、1998年にGAINAXに国税調査が入って、当時の社長が収監されてしまったんです。『エヴァ』がヒットして、GAINAXが『エヴァ』のゲームを出して、突然ものすごく儲かっちゃった。でも、その収入を将来維持できるのかというと、そんな保証はない。だから、お金を隠して脱税してしまったんですね。当時GAINAXにいた全員、僕も含めてですが、将来のプランをちゃんと立てられなかったんだと思うんですよ。現在となっては反省ですね」(神村)
「GAINAXはアマチュアフィルムから始まった、究極のインディーズ会社だったのだと思われます」(緒方)
カラーは2006年5月17日に設立。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの制作が始まりました。ただ、鶴巻さんは最初の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」(2007年公開)のころはまだGAINAXに在籍していました。
「現在となっては僕もカラーの人っていうイメージがあるけれど、籍はGAINAXにあったんです。カラーの株主ではあって。スタジオカラーには出向というかたちで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』に関わってました」(鶴巻)
「ここがアニメ会社でわかりにくいところなんだけど、たとえば三菱自動車の人が日産自動車を手伝いに行くとか、工場で働くとかじゃないですか。でも、アニメの世界は他業種よりも横のつながりが強いから、よそのスタジオの仕事も助け合ったりするんです。だから、作品がかぶったり、重なったりするってことですよね。垣根がないというか、ゆるいというか、絆が強いというか」(林原)
「そうですね。このころは今石(洋之)くんたちが『天元突破グレンラガン』(2007年放送)をGAINAXでつくっていたころで、僕は『新劇場版:序』をつくっていたわけなんだけれど、『グレンラガン』を手伝えないことに忸怩たる気持ちはありました。『グレンラガン』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が終わったあとも、やっぱり今石くんたちを残してGAINAXを辞めちゃうのはちょっと申し訳ないなと思って。今石くんの作品を全然手伝う余裕はほとんどないんだけど、僕の気持ちとしては、今石くんたちが残っている間は、GAINAX所属でいようと」(鶴巻)
「僕らは彼ら(今石洋之たち)のことを“鶴巻チルドレン”だと感じてました。鶴巻さんは後輩たちのことをほんとに大事にされてましたね」(神村)
「彼らがGAINAXを離れ、TRIGGERを設立した(2011年)ので、僕もスタジオカラーに籍を完全に移しました」(鶴巻)
2作目の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」(2009年公開)を経て、カラーの制作体制も充実していく。2010年には神村さんがエヴァの版権を担うグラウンドワークス:を設立。ビジネス面での強化も図られました。
「広報宣伝のお手伝いもしましたし、商品化・企業タイアップの窓口を預かっていました。例えば玩具メーカーさんにオモチャをつくってもらって、そのメーカーさんの利益の一部を、ライセンス料としていただく。それを権利元であるカラーにお戻しするという業務でした。当初からGAINAXの内部でも『エヴァ』シリーズは庵野さんの作品だよねというのが関係者全員の共通認識でした。だから、カラーができた段階で、その原作の権利はカラーに移転しています。カラーはまだ設立間もなくて、そういう原作権や商品化を管理する体制ができていなかったから、当時まだGAINAXに所属する僕が、カラーに権利の移った『エヴァ』のライセンスをGAINAXの業務として担当していたんです。だけど、GAINAXは新しい作品をつくらなくちゃいけない状況でしたし、カラー作品の手助けばっかりしてる神村も、だんだん居心地が悪くなってきちゃって。それで、独立させてくださいと、グラウンドワークス:を立ち上げたんです」(神村)
2012年に公開された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」から9年。2021年に公開された「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は興行収入100億円を超える大ヒット。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズは大団円を迎えました。はたして次の展開は? 林原さんが尋ねると……。
「もともとスタジオカラーは……『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』をつくるために生まれたスタジオだったんです。だから最初のころは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズしか、つくっていないんですよ」(鶴巻)
「僕がスタジオカラーに呼ばれたときに、終わったら畳むから、と言われていました(笑)」(緒方)
最初は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」のために生まれたスタジオが、大きく舵を切ったのは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の公開後。スタジオカラーは短編映像シリーズ「日本アニメ(ーター)見本市」を制作し、様々なクリエイターによる短編作品を発表。若き才能の発掘と新しい企画の開発を進めました。
「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のあと、だいぶ時間が空いてしまったんです。でも、その間もスタッフはたくさんいるわけだし、そこで『日本アニメ(ーター)見本市』をやったんですよね」(鶴巻)
「やりましたよ、『日本アニメ(ーター)見本市』。山寺(宏一)さんと全作品、全部の役を2人だけで担当しました」(林原)
「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開まで時間がすごくひらいてしまった理由のひとつは、GAINAXとの関係もあったんです。庵野さんは優しい人なので、困っているGAINAXを手助けしたいと思っていて。融資をしたんですけど、連絡がつかなくなってしまうという出来事があったんですね。そういった事情もあってなかなか『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の制作に取り掛かれなかったということもあります」(緒方)
「とても大変な状況だったんですね。ぜひ、皆さんには『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を終えたこれからも、未来に向けてまた新しい作品を生み出してほしいと思っていますし、今日この会場に来ている声優陣も、来られなかった声優陣もまたご縁があれば、なにがしかで関われたら嬉しいなと思っております」(林原)
最後に今回登壇した3人から30年の激動を振り返った感想を語っていただきました。
「庵野さんは『スタジオは箱だから』ということをよくおっしゃっているんだけど、基本的に作品は誰がつくっているのか、誰が責任をもっているのかということが本質なんだと思います。『エヴァ』シリーズという作品が更新されてきたのも、GAINAXという名前にこだわらず、主語を『エヴァ』シリーズに据えて、世代を超えたクリエーターがつくり続けてくれたということだと思います」(緒方)
「グラウンドワークス:が昨年、ライセンスの窓口をカラーにお戻ししたので、僕はかなり気楽な立場で今回の『エヴァフェス』に参加させてもらっています。スタッフをやらなくていいイベントというのは、こんなにも楽しいのかって(笑)。おそらくこのイベントを一番満喫しているのは僕なんじゃないかと。声優の皆さんにもお付き合いいただいて、メーカーさんのご協力であったり、ファンの皆さんの盛り上げがあって、このイベントが成り立っているわけですから『もう、こんなに嬉しいことはない』という感じです」(神村)
「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を以て、庵野の『エヴァ』シリーズは一旦完結したというのがあって。じゃあこの後どうするのかというのはあるけれど、やっぱりスタッフがたくさんいるわけなので。『エヴァ』シリーズの次につながる作品をちゃんとつくっていきたいなと思います。期待していてください」(鶴巻)
「皆さんもぜひ期待していてください。どうもありがとうございました」(林原)
【取材・文/志田英邦】
EVANGELION:30+; 30th ANNIVERSARY OF EVANGELION
2026年2月21日~23日開催
出演:鶴巻和哉、緒方智幸(カラー)、神村靖宏(元GAINAX、グラウンドワークス:)
聞き手:林原めぐみ
展示周遊エリア「EVA EXTRA 30」ラウンジトーク
「エヴァ、激動の三十年史」
あれもそれも、全部キミさ――渚カヲル第2弾写真集、上梓
2015年以降、さまざまな場所に現われた渚カヲルを一同に集めました。
企業コラボのカヲル、アパレルのカヲル、ゲームのカヲル、そして『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のカヲル――。
この書籍の為に新たなカヲルもクリエイターによって紡がれました。
ぜひ本書籍でお楽しみください。
カバーイラストは、その圧倒的な画力により世界中で人気爆発中のイラストレーター・アニメーターの米山舞が描き下ろし!
特典としてカバーイラストを使用したB2ポスターがついてきます。
西暦2015年、やっとキミに会える――
――その少年の名は、渚カヲル。
「エヴァンゲリオン」シリーズでさまざまな表情を見せた渚カヲル。
彼のイラストを掲載した単行本を「新世紀エヴァンゲリオン」20周年の記念すべき2015年4月10日(シトの日!!)に発売予定。
プラグスーツ姿、私服姿、そして本編中の彼――。渚カヲルを堪能するため、この本は生まれました。
カバーは人気アニメーター・林明美描き下ろし。
カバーイラストを大判で堪能できる特大B2ポスター付き。