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2024年1月1日に起きた能登半島地震で観光客がほぼいなくなった石川県の輪島で、新たな希望の光となるべく新しい温泉むすめ(※)を誕生させるプロジェクトが始動! WebNewtypeではその関係者の声を全6回(予定)にわたってお送りします。
第2回は「温泉むすめ」を運営するエンバウンドの代表である橋本 竜(はしもと りょう)氏にインタビュー。新キャラクター・輪島かさねのキャストやイラストレーター、そして輪島におけるイベントについても語られました。
※日本全国の温泉をモチーフにしたキャラクターと、声を担当する声優たちが、全国の温泉地を盛り上げるプロジェクト
──今回の輪島におけるプロジェクトは、これまでの「温泉むすめ」にはない異なるアプローチだと思うのですが、どんな意図があるか教えてください。
橋本 まず、最初から地域再興を主目的としていることが初めての試みです。「温泉むすめ」自体が、東日本大震災がきっかけで立ち上がりましたが、福島や東北の復興も視野に入れつつ、あくまで全国を対象に展開してきました。しかし今回のように、スポット的に地域を盛り上げるというのは、9年目を迎える温泉むすめにとっても新しいアプローチになります。それと、今回はこれまでイベントレポートなどで全国各地に同行してくださっているWebNewtypeさんにさまざまな角度から取材をしていただいています。これまで謎の多かった新しいキャラクターが登場するまでを、メディアを通じてファンに公開するのも新しい点です。
日本三大朝市のひとつにも数えられる輪島朝市で露店が出されていた通りは、火災によって消失してしまいました
──2025年2月の「宿フェス」をきっかけに輪島の谷口浩之さんから連絡が来た時の感想は?
橋本 そもそも2024年1月1日の地震発生からずっと、石川のために温泉むすめを通じて何かできたらと願っていました。それで、すでに石川にいる3柱(みはしら)(※)の温泉むすめで復興支援ができないかと模索したこともありましたが、被災状況や現地の事情も異なり、なかなか足並みがそろわずに実現できなかったこともあり……。そんな折に共通の知り合いを通じて輪島の谷口さんから「輪島の未来のために新たな温泉むすめをつくりたい」とお声がかかりましたので、私たちにとっても大変ありがたい機会だと感じました。
※温泉むすめはその土地に宿る土地神ゆえに、1柱、2柱と数える
──となると、キャラクターのあり方としてはこれまでと同様ですが、目的設定としては少し違うキャラクターになるんですね。
橋本 これまでの温泉むすめは、温泉地の集客や知名度不足といった課題を解決するために生まれることが多かったんです。今回はそれらに加えて、復興支援のため、さらには止まってしまった源泉の復活や、絶望で心が折れそうになっている輪島の方々の意識を、少しでも前向きに変えたいと願って生まれたキャラクターになります。
──今回は2月に温泉地から連絡があって、6月に輪島かさねというキャラクターの制作が発表されるという非常にスピーディーな展開ですが、数多い温泉むすめでも特に力を入れているということでしょうか?
橋本 いえ、常にいくつかの温泉地さんと並行してお話を進めていますので、特に優劣や優先度は設定していません。通常は構想開始からキャラクターの発表まで平均で1~2年ほどかかっていますが、今回はたまたまイラストレーターさんや声優さんがタイミングよく見つかったんです。偶然ではありますが、おかげで想定より前倒しで進んでいるので、そのぶん使命感を感じています。
──イラストレーターや声優のキャスティングはどのように進めているのでしょうか?
橋本 まず重視するのは、その地域にゆかりがある人がいないかという点です。担当するご本人にとっても、前向きに、モチベーション高くやっていただけるかということが大切だと考えてますので。今回も石川県にゆかりのある声優さんやイラストレーターさんにアプローチしたものの、なかなか実現に至りませんでした。その後、声優さんについては広く候補を探そうと考えていた際に、事務所側から大西亜玖璃さんをご推薦いただけたのでお話を進めてきました。最終的にご本人からも「私でよければ輪島のために頑張ります」と言っていただけたので、彼女にお願いすることになりました。
輪島かさね役を担当される大西亜玖璃さん
──5月には輪島を視察されましたが、印象をお聞かせください。
橋本 思っていた以上に大変な状況だということを改めて痛感しました。和倉温泉のほうも視察しましたが、同じ能登半島と言っても被害状況や復興の進み具合が、想像以上に違っていることを実感し、自分たちが果たすべき役割がより明確になったと強く思いました。特に地域コミュニティにもなっていた足湯が閉鎖されている様を見て、心が締め付けられる思いでした。同行した谷口さんも「ここは散歩終わりに地元の人がよく利用していたんです……」と寂しそうな表情を浮かべており、自分にとっても14年前に起こった東日本大震災時の地元福島の状況も思い出され、輪島に来たことでより強く決意が固まりました。本当に来てよかったです。
震災以降、供給が止まっている2号源泉を視察する橋本さん
輪島の観光スポットだった輪島朝市は、現在ワイプラザ輪島店という商業施設で出張朝市として再開しています
──「温泉むすめ」を通じた復興支援ということですが、具体的にどんなイメージをもっていますか?
橋本 われわれはこれまで主に20代~40代の男性に観光地、特に温泉地に足を運んでもらうということをミッションとしていました。そこに今回は地域再興という意味合いが加わることで、より目的意識をもって現地に来訪していただけたらと思っています。これまで「温泉むすめ」を8年以上運営してきて、課題解決のためにさまざまなアプローチを重ねてきました。特にコンテンツによる地方創生は一過性で終わることが多く、地元に根付くことが少なかったと揶揄されてきましたが、ファンの皆様や現地の皆様は、温泉むすめが育ててきた想いを真摯に受け取ってくださる方々が多く、現地の課題を踏まえた上で、今のファン層であれば、長く寄り添っていただけるだろうという確信があったからこそ、この取り組みに踏み出すことができました。今年の10月には輪島でお披露目イベントを開催する予定ですが、さらにその先も見据えています。
──早くもイベントを計画中なんですね。
橋本 はい、地元の声を届ける第一歩として、輪島の“今”と“これから”を発信する場にしたいです。このイベントに向けて、地域と綿密にコミュニケーションをしながら、観光協会や現地の方々も巻き込んで、状況やタイミングを見ながらゆっくりと歩みを進め、10年、20年と支援を続けていこうと考えています。そんな思いもあって今回は自分の目で状況を見て、地域の皆様の希望や課題を直接おうかがいし、できるだけ的確に協力できるようにと、足を運びました。
──今回のプロジェクトは「温泉むすめ」全体にとってどんな意味がありますか?
橋本 「温泉むすめ」も9年目を迎え、ゆっくりとではありますが、確実に次のステージに到達していると実感しています。現在のステージではより地域に寄り添いながら、デジタルなどの新しい技術も含めて色々な手段で地域の課題を解決していこうと取り組んでいます。今回の“輪島かさね”はそのロールモデルのひとつになる可能性もあるし、そういったアプローチが「温泉むすめ」だけでなく、地方とのコラボに活路を見いだしはじめているほかのコンテンツの参考事例になるのではないかと考えています。そのなかでも「温泉むすめ」は、最初から現在に至るまで、地域と共に伴走してきた実績があります。われわれのような小さい組織がまずはファーストペンギンとなってチャレンジすることで、コンテンツの多様性と可能性を示すことを証明できたなら、それ以上にうれしいことはありません。
──最後に、読者や輪島の皆さんにメッセージはありますか?
橋本 もう一度、輪島に湯けむりをのぼらせたい。その願いから“輪島かさね”は生まれました。キャラクターにできることには、限りがあるかもしれません。けれども、誰かの心を動かし、歩ませ、そして想いを“かさねる”きっかけになれると信じています。だからこそ私たちは、輪島に、人に、未来に寄り添いながら全力で温泉地に向き合っていきます。「温泉むすめ」が、その初めの一歩になれるように。
地方で講演をする株式会社エンバウンド代表取締役、「温泉むすめ」総合プロデューサーの橋本竜さん
【取材・文:はるのおと】