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アナログの体験がデジタルに生きる――Creators Dialogue 2024 奥井敦×高橋賢太郎 対談

写真左より、奥井敦さん、高橋賢太郎さん


アニメーション現場における各セクションのクリエイターが対峙し、現状について話し合う「Creators Dialogue 2024」。現在発売中のニュータイプ5月号ではアニメーションの撮影技術を担ってきたスタジオジブリの奥井敦さんと、高橋プロダクション/T2studioの高橋賢太郎さんの対談を掲載。1万字近くに及ぶ記事の中から抜粋してお届けします。


ニュータイプ2024年5月号より


──アナログ撮影時代の話もうかがいたいのですが、高橋プロダクションというとやはり出﨑(統)さんの作品をやられていたというイメージが強いですよね。
奥井 僕も「家なき子」から見ていました。
高橋 「家なき子」は当時、立体アニメーションという触れ込みで放映されていたそうですが、でもあれって要は密着マルチですよね(笑)。出﨑さんとの仕事に関して言うと、僕が生まれた当時、父はもうアニメの仕事はやめようと考えていたらしいです。でも、そのときたまたま見た「あしたのジョー」に衝撃を受けて。で、どうしてもこの作品をやった人と仕事をしたい、アニメをやめるのはそれからでもいいと思ったそうです。ただ、そのためには、カメラを1台でももって仕事をしていないといけないわけで、猛烈に働いて何とか撮影台を手に入れ、東京ムービーの近くに仕事場をつくったんです。そうしたら「家なき子」をやらないかという話が来て、当時はまだ撮影台が1台しかなかったのに、「全部やります!」とはったりをかまして受注したそうです。もちろん、作業はめちゃくちゃ大変だったと言っていました(笑)。でも出﨑さん自身がいろいろとやらせてくれる監督で、出﨑作品では画面に逆光や入射光を入れたり、ピンホール透過光とか波チラのマスクをつくって背景を光らせたり、後に父の代名詞になるような撮影技法を次々と試みていますよね。その意味では、思いの丈というか、やりたいことはやれたのではないでしょうか。

──そうした光の効果ですが、デジタル撮影の場合は当然コンピュータ上でつくることになるわけですよね。
高橋 もちろんそうですが、でも初期のデジタルでつくった光は全然ダメだったんです。だから、ピンホール透過光なんかは、フィルムカメラの代わりにデジタルカメラで透過光を撮影して、それをデジタル上で加算(合成)するということをやりました。そのほうがよっぽど光っぽい効果になるんです。ですから、入射光とか、そういうよく使う光はあらかじめアナログの光を撮影したものをデータ化しておいて、それを使うということをやっています。
奥井 もちろん、そのときも工夫が必要です。たとえばクロス・フィルターの光のように画面上で回転させるようなものは、フィルム撮影だとレンズ前に置いた光学フィルターを回しながら撮りますが、デジタル処理用の素材としては1枚だけ用意します。後はそのデータをデジタル上で回転させるという手法を使います。データさえあればいろいろと処理をすることができるのが、デジタルの利点ですね。

──ジブリでは「となりの山田くん」からすべての撮影作業がデジタル化されますが、その辺りの移行は特に問題なく進んだのですか。
奥井 もちろん、いろいろと大変なことはありました。特に、この作品からデジタル作業もすべてジブリ内でやることになったこともあって、それまでアナログで作業していた仕上げや撮影のスタッフもデジタルに移行する必要がありました。当然そうした作業に全員がすぐになじめたわけではなかったですからね。でも、それでやめた人はいなかったと思います。

──デジタル化が進んだ結果、撮影はそれまでよりも仕事が増えたように思われるのですが、その辺りはどうでしたか。
高橋 確かにそういう部分はあったと思います。たとえば、受け取った背景に関して、スキャンするだけでなく、デジタル化以降はBookなんかも撮影のほうでマスク出しをして 合成するようになったりとか、それまで制作でつくっていた素材の加工もこちら(撮影)に回ってくるようになりました。

──特効も今は撮影の仕事になっているのですか。
高橋 特に本格的な特効作業が必要な大物は別にして、髪の毛のグラデーションや頬ブラシとか目の中の虹彩なんかは撮影がデジタル特効でやるというのが今は当たり前になっています。あと、計器類などのグラフィカルな画像をつくることもあります。
奥井 それらを含めて、今はいわゆる撮影効果と言われています。

──最近は監督にしても演出にしても、最初から撮影効果を前提にして考える人が多くなっているように感じられるのですが。
高橋 ここ10年くらい、TVシリーズでもとことん時間と手間をかけてエフェクトをいじくり倒す作品が増えている感じはします。特にコロナの前くらいからそういった傾向が強くなっていますよね。それこそTVシリーズでも一話に何千万円もかけて劇場レベルの作品をつくるとか。でも、それって結局はおもしろくするためというより商品価値を高めるために画像効果を濃くしているんじゃないかな?と思うんです。
奥井 ジブリの場合はアナログからデジタルに変わっても基本的なつくり方は変えていないので、そこはTVとはかなり違うかもしれません。今でも動くもので描けるものは人の手で描くという姿勢が基本になっていますし、撮影効果は映像を仕上げるためのスパイス的な位置づけで作業しています。つまり前工程(作画、美術、仕上げ)の素材を最大限生かした画づくりが大前提になっています。
高橋 撮影効果に関して言うと、最近あるプロデューサーから、「今の撮影はブラックボックス化している」と言われたことがあります。要は、撮影が何をやっているのかわからないということです。それもプロデューサーだけでなく、演出もこちらの作業をきちんと理解していないことがあって、それでブラックボックス化していると感じてしまっているみたいなんです。こういう傾向が問題なのは、監督や演出さんのなかにきちんと画面のイメージがあって、それで「こうやってください」と言ってくるのならいいのですが、そうではなく、つくり方がわからないのか〝とにかく画面を盛らなければいけない〟ということでこちらに丸投げする人がいることです。特にクライアント側の人は、どういう映像にしたいという考えもなく単にエフェクトが少ない感じがするから盛ってくれと言ってくるケースが多いという印象です。その意味で、今はアニメ自体が単なる商売の道具になってきているのかもしれません。


続きが気になるこの後の話や撮影技術について、2人の出会いなどそのほかのエピソードは、発売中のニュータイプ2024年5月号にて完全版を掲載。どうぞご覧ください。

【撮影:大川晋児/取材・文:野崎透】

●おくい・あつし/'63年生まれ、島根県出身。スタジオジブリ執行役員映像部部長。スタジオジブリ作品の撮影監督として多くの作品に参加。ジブリ作品だけでなく、近年ではスタジオポノック作品などにも参加している

●たかはし・けんたろう/'68年生まれ、東京都出身。高橋プロダクション/T2studio代表取締役。数多くのTVアニメや劇場アニメーションを手がける。現在は第一線を退き後進育成に努めている

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