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「迷ったときは、正しさ、ではなく優しさを選んでほしい」——絶賛配信中のタイBLドラマ「My Ride」原作者×翻訳者スペシャルインタビュー!

「My Ride」キービジュアル©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


現在楽天TVにて絶賛配信中のタイBLドラマ「My Ride」。内科の研修医として働くタワンと、バイクタクシーの運転手であるモーク。一見交わることのない2人は、次第に常連客と運転手として交流を深めていき、お互いの悩みに寄り添いあう関係になって……? 温かなストーリーラインのなかに、タイに現存するさまざまな問題意識も映し出しながらも、恋をするということ、誰かを愛するということ、誰しもがもつ、そうした真っすぐな気持ちに対してのエールが込められた、上質なタイBLドラマです。


本作は、ドラマ化に先駆けて日本にて、原作小説「My Ride, I Love You」の翻訳版も出版されています。本稿では原作者であるPatrick Rangsiman(以下、Patrik)さんと翻訳者の宇戸優美子(以下、宇戸)さんの対談インタビューをお届け。本作の立ち上がりから伝えたかったメッセージ、翻訳の過程でのエピソードや今明らかになる裏話まで! タイBLの原作者、そしてそれを日本へ届ける翻訳者の立場から語る、「タイエンタメ」のこれまでとこれからをぎゅっと凝縮した、すてきな対談になりました。


「My Ride, I Love You」上巻
©KADOKAWA


「My Ride, I Love You」下巻
©KADOKAWA


——「My Ride, I Love You」(以下、「My Ride」)を書き始めたきっかけを教えてください。
Patrik もともとはX(旧Twitter)で書き連ねていた物語でした。特に長編の構想などはなかったのですが、Xでファンの方から大きな反響をいただいて。そこで、いい機会だし書籍にまとめようと思ったんです。そのときに軸にしようと思ったのは、大人の恋愛を描くこと、いい人が巡り合って恋をする物語にすることと、年を取った男性2人の恋愛もいれること、この3つでした。
——その3つを意識された理由は?
Patrik この書籍を書き始めた当時、タイのBL小説の市場は、学生を主人公にしたものが多かったんです。恋愛は、大人たちにもまた起こりえることなのに、どうして大人たちの物語が少ないんだろう、と不思議に思いました。また、年を重ねた時にもう一度手にとっても、入り込めるようなお話にしたかったんです。だから叔父たちのお話を入れています。長い人生を考えるなかで、恋愛というのは、子供たちだけのものではない、大人たちのお話でもある、そういったことを伝えたいなと思っていました。
宇戸 そこは、翻訳していても魅力に思ったところのひとつです。まさに、大人が読んで心に残る作品だと思いました。何度も読み返したくなるような、メッセージ性あふれることばも美しいんです。タワンがルン伯父さんから受け取る「誰かに出会うことよりも、その人と恋人になることよりも、なによりも、一緒に居続けることが一番難しい」や、モークが掲示板で読みはっとさせられる「人を好きになる気持ちに名前を付けないでください」「誰かを好きなら、どうして好きかはわからなくてもいいんです」、こうしたことばはどこからインスピレーションを受けたのですか?
Patrik 僕がふだん受け持つ患者さんや父親から得たことばのように思います。僕は高齢の患者さんを担当することが多くて、やはり人生を長く生きてらっしゃる方のことばには、感銘を受けることが多いですね。


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


——主人公であるタワン、モークはどのように立ち上げられていったのでしょう?
Patrik タワンは優しくて、すべてのことに大して寛容でいられる人のイメージを持っていました。すべてを受け入れて、まるごと愛せる、そんな人です。モークは友達が多くて、天真爛漫で……楽しいオーラがある人を想像しました。あと、タワンとモーク、という2人のチューレン(あだな)は、僕自身のチューレン「ウティン」から連想したものです。「ウティン」は、「晴れた空の朝焼け」という意味なのですが、「タワン」は日が昇る、「モーク」は「雲」という意味があって……僕のチューレンと隣り合わせの意味になっています。
——本作ではナディアという魅力的なキャラクターもいますね。
Partik 書きながら、この小説には女性も必要だろうと思って、登場させたキャラクターでした。タワンが院内で頼りにするのは、きっとナディアのような女性だろうなと。
宇戸 ナディアは翻訳するにあたり、その口調をいちばん試行錯誤したキャラクターでした。ナディアはトランスジェンダーの女性ですが、彼女のおちゃらけつつ、情に厚い感じ、感情の豊かさをいちばん真っすぐ伝えられるのは、どんな口調がいちばん適切なんだろう、と何度も考えましたね。翻訳するにあたり、ジェンダーの多様性に関しての訳し方は、今でも悩むことが多いです。


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


——宇戸さんはこの作品で初めて、タイBL小説の翻訳をされたと伺いました。ナディアの口調のように、本作を翻訳するうえで、ほかに意識されたことや心がけられたことはありましたか?
宇戸 これはタイの商業小説全般に言えることなのですが、会話文が中心に物語が進んでいきます。カジュアルな会話、話し方、あとは感嘆詞が多い。「え!」とか「うそ!」とか……そうしたもののニュアンスをわかりやすく伝える、というところが難しかったです。また、日本の読者の方が、翻訳小説特有の硬さを感じずに、自然と読み進めることができるように訳していこう、というのは心がけていました。楽しく、読みやすく、そんな指針をつねにもっていました。Patrik先生の「My Ride」は、基本的に文章をそのままコツコツと訳し進めていたのですが、会話文と地の文のバランスがよく、読みやすかったですね。
Patrik この小説は、日本のライトノベルの文法を取り入れようと試みたところがあるので、そこが活きているのかもしれません。僕、日本のライトノベルの「キノの旅」が大好きで。この作品のスタイルを参考に、「My Ride」も書きすすめていきました。
——Patrikさんは、日本の作品にもふれられるのですね! 
Patrik はい。ライトノベルもアニメもよく見ます。「私の幸せな結婚」や「文豪ストレイドッグス」なども好きですね。ただ最近は、日本語の勉強をしているのでアニメを見ると自然と文法やことばに意識がいってしまって……(笑)。実は「My Ride」が日本語で出版されたのをきっかけに、いつか日本語でもすらすら読めるようになりたいと思い、日本語の勉強を始めたんです。学んだ単語やフレーズで、「My Ride」のなかに出てきたものはハイライトを引いて……という作業を繰り返しています。
宇戸 すばらしいバイタリティですね! そういえば、翻訳していて先生に聞いてみたかったことがあるのですが……。この作品には、2人の関係を描いていく上で、直接的な、いわゆるセクシュアルな描写がなく、あくまでていねいに、ゆっくりと心の動きが綴られていきます。そうした描写を入れなかったのは、何か理由があるのでしょうか?
Patrik そうですね。恋に落ちるということ、好きという気持ちに対しては、さまざまな応え方があることをこの物語を通して伝えたかったんです。恋愛において、感情の交換の方法はたくさんありますよね。あとは、この本をどんな人が手にとってもらっても、そうした僕のメッセージが伝わるように、という意図もありました。そうするためには、心の交流を大切にする必要があったんです。
宇戸 なるほど。愛し方はたくさんある、ということを先生ご自身が思ってらしたんですね。


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


——Patrikさんが、本作を通じて伝えたかったメッセージは、どんなものでしょうか?
Patrik 何かに迷ったときは、正義、正しさではなく、優しさを選んでほしいということです。僕もこれまで生きてきて、いろんな経験をしましたし、医者という職業を通して、本当にいろんな人に出会ってきました。その中で強く思うのは、いい人でいること、いいことをすること、いい人であろうとすることで、周りにもそれが影響し、自分の生きている場所が生きやすくなるし、視野も広がっていくということ。だから、何を選び取る時も、優しさを忘れないでいることは大切だな、と思います。
宇戸 この作品は、ひとつの恋愛小説という枠にとどまらず、タワンとの出会いでモークが成長していくお話でもありますよね。タワンに出会って、モークのあきらめかけていた人生が前に進んでいく、扉が開いていく、というところにも感銘を受けました。
Patrik シェイクスピアの「十二夜」の一節にも「好きなもの同士が結ばれたら、旅の終わり」ということばがあります。「My Ride」の2人もまさにそう。タワンとモーク、2人の成長の旅路を伝えられていればうれしいです。
宇戸 あとは、タイの文化的な背景に自然とふれられるのもすてきです。2人の縁を前世からの繋がりととらえたり、諸行無常の思想が会話に織り込まれていたり、仏教の教えが自然と生活に紐づいていることも感じられて、興味深いです。


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


「My Ride」場面カット
©Rock Imaging International Co., Limited Distribute


宇戸 翻訳者としては、タイ語ってすごくマイナーな言語で、その小説となるとより一層マイナー……というイメージがあったのですが、タイBLドラマというカルチャーによって、その常識も覆されつつあります。この短期間で、さまざまなタイ語の小説が翻訳出版されるなんて、と驚きつつも、とてもうれしいです。今後、多くの方がタイBLドラマや小説を通じて、タイの文化、政治や社会にも興味をもってくださるといいなと思います。そうした需要に応えられるように、翻訳者としても貢献していきたいです。
Patrik このブームはうれしい半面、僕にとってはプレッシャーな部分もあります。ドラマだと、描写が濃厚な部分もフィーチャーされがちなのですが、タイから発信されるBLがすべてそうだというステレオタイプになってしまうのが不安でもあり……。タイにもさまざまなBL作品があること、そして僕もリアルに寄り添った、安心できるような作品、読んだ後に何かを得られるような作品を書き続けていくことで、発信を続けられればと思いますね。
宇戸 それで言うと、タイのBLに限らずですが、ファンタジーなBLだけでなく、リアルなカップル像、社会の背景や家族との関係性などをていねいに描くものが多くでてくると、BLというジャンルの幅は一層広がるのかもしれませんね。
Patrik そうですね。今後もタイBLというコンテンツ、あるいはタイのあらゆるカルチャーを通して、タイと日本のつながりが強くなったらうれしいな、と思います。これからも、タイのカルチャーにふれてくれる人が増えることを願っています。

【通訳:三石聖華】


Patrick Rangsimant/神経内科医としても働く小説家。大学講師も兼務。日本語能力試験のN4取得に向けて勉強中

宇戸優美子/'98年バンコク生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。著書に「しっかり学ぶ! タイ語入門」(大学書林)、翻訳書に「Lovely Writer」上下巻(U-NEXT)など

■原作情報
好評発売中!
My Ride, I Love You 上 
著者:Patrick Rangsimant
翻訳 :宇戸優美子
カバーイラスト:楔ケリ
定価: 1,650円 (本体1,500円+税)

My Ride, I Love You 下 
著者:Patrick Rangsimant
翻訳 :宇戸優美子
カバーイラスト:楔ケリ
定価: 1,650円 (本体1,500円+税)

■ドラマ配信情報
「My Ride」は
Rakuten TVにて好評配信中!

キャスト
タワン役:チャウィンロート・リキッジャルーンサグン(Fame/フェーム)
モーク役:ポンサゴン・ウォンピアン(Fluke/フルック)
トーイ役:プーサヌ・ウォンサーワニッチャーゴン(Yoon/ユン)
ボス役:チョンサワット・ティアオワニッサグン(Best/ベスト)
マヨム役:スメティー・ナームグート(Oat/オート)
ナディア役:アーリーヤー・ポンフータラグーン(Ging/ギン)

スタッフ
監督:サロート・ヌワムサムラーン
脚本:チームコンラックメーオ、サロート・ヌワムサムラーン
原作者:パトリック・ランシマン
©Rock Imaging International Co., Limited Distribut

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